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心肺蘇生不要は救急現場には通じない

2018年04月24日(火)

月刊公論5月号は「心肺蘇生不要は救急現場には通じない」で書いた。→こちら
サブタイトルは、「おひとりさまの「穏やかな最期」とは」にした。
国のレベルでは在宅と救急と警察の連携は、まったく進んでいない。

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咋年、照沼先生らと「在宅救急研究会」を立ち上げこの問題に取り組むつもりだった。
しかし知らぬ間に、世話人会代表は救急医学の理事長がつき、教授の独壇場になった。

彼らは初対面の私に対していきなり
・平穏死が一人歩きして救急現場は困っている
・リビングウイルなんて救急には迷惑だから止めてほしい、と喧嘩を売ってきた。

私は、こんな医者がやっている医学会など相手にしても意味が無いと直感した。
救急医とは、なにがなんでも機械的に心肺蘇生をやりたくてしょうがない人か。


この時の様子は、高齢者新聞にしっかりレポートされている。→こちら
私の発言や存在は、見事に消されているのはいつものことだ。

第二回大会に関する連絡も無いので、勝手に世話人も外されたようだ。
LWも抗認知症薬も患者さん側に立つことは医療界を全て敵に回す事。


内閣府と医学会が協働して本人の意思表示を阻止する国など、世界中で日本だけ。
まあ中央官庁や政府のやることなんて森友加計事件の顛末どおり話にならないが。


そんな政府に、医学会がまた「忖度」している。
正直言って、市民の皆さんに本当に恥ずかしい。

●「ACP原理主義」に毒されては、いけない。 →こちら

●「隠ぺいされたリビングウイル」を知るべき。 →こちら


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公論5月号  心肺蘇生不要は救急現場には通じない
       おひとりさまの「穏やかな最期」とは
 
救急車を呼んだばかりに・・・

自宅で穏やかな最期を迎えるはずだったのに・・・。実際には病院で管だらけになって亡くなった。それも本人が延命治療や蘇生処置を拒否する文書(リビングウイル・LW)に書いていたのに、いつのまにかそうなっていた。そんな結末を見た人は少なくないだろう。全国各地で日々、大量に発生している。一方、50歳台の子供が80歳台の親の年金をあてにしている8050問題が話題になっている。親に死なれたら年金が無くなり生きていけないと寄生する50歳台が増加しているという。いくら元気な親でもやがては老い、要介護になる。年齢相応に認知機能も低下してくる。要介護状態になり発熱や嘔吐に驚いた子供は深く考えずに119番をする。病院での治療の果てに管だらけになり亡くなった親を見た家族のなかには「救急車を呼んだばかりに」と後悔する人もいる。都市部の救急病院はそんな高齢者で満床となり、交通事故や脳・心臓血管疾患などの急病人の受け入れが困難になっている。2025年まであと数年だが8050問題と119番の意味について考えたい。救急医療の現実や救急車を呼ぶ意味を知っておきたい。特に在宅での最期を希望するおひとりさまには、隣人が119番しないことが穏やかな最期の要件である。

救急車を呼ぶという行為はもし心肺停止すれば心臓マッサージや人工呼吸をやってくれ、という明確な意思表示である。しかし救急車を呼んでおきながら「心臓マッサージや延命はお断り」と言う人がいるが矛盾している。119番した瞬間から消防法が発効するので心肺停止しているのに蘇生処置をしない救急隊員は後に処罰される。延命処置の始まりは必ず119番である。以上は拙書「平穏死10の条件」のひとつである。

 
霊安室に往診?
療養の場を問わず、日本における看取りは医師法20条に基づいて行われている。しかし多くの医師が医師法20条を知らない、あるいは医師法21条と混同して誤解しているのが残念だが現状である。慌てた家族が救急車を呼んだが蘇生処置に反応せず、病院での死亡確認となった場合、病院によってはかかりつけ医に看取り往診を依頼している。私はそれを「霊安室往診」と呼んでいるが、なぜ開業医が病院の霊安室往診しなければいけないのか。もちろん死亡診断した救急医が書いていいのだが、そんな大病院の医師が医師法20条を理解できていないのである。この数年、そんな現実を解く講演を全国各地で1000回以上行ってきた。

また「LWや平穏死は救急現場には通用しない」という現実も知っておきたい。咋秋の第1回日本在宅救急研究会や今春の第117回近畿救急医学研究会で講演やシンポジストを務めた時に、強くそう感じた。救急医にとって死は敗北であり、最期の最期まですべての手を尽くすことが最高の医療であるという。学会の理事長や幹部らは「患者が意思表示をする行為は止めて欲しい」と強調した。救急医は「LWや平穏死は悪で不要」との認識である。思わず「死は誰のもの?」と問いたくなるのだが、看過できない。同医学会のガイドラインには「本人意思の尊重」と書かれているのに、建前と本音はまさに真逆のようだ。可哀そうなのは救急隊員である。患者の意思を尊重すればメデカルコントロール(MC)に罰せられるので、LW尊重かMC遵守かというジレンマによく悩まされているという。もちろん、いちばん可哀そうなのは希望とはまさに真反対の姿で最期を迎えることになったご本人である。私は在宅医として予想された死は自然なものとして緩和ケアを武器に寄りそっている。平穏死の最大の条件のひとつは「看取りと決めたら119番しない」ことだ。
 

119番すると平穏死できない
無用な救急搬送と警察検視が増えている。そして不要な救急搬送のために必要な搬送受け入れができないケースが出ればまさに本末転倒だ。しかしそんな事態を招いている原因は救急医学会の見解なので話は複雑だ。一方、正しい119番あっての在宅療養でもある。しかし在宅と救急がバラバラに動いている現状のままで救急医療は多死社会に耐えうるのか。私は地元で在宅スタッフと救急隊員の意見交換会を開いた。膝をつきあわせて意見交換してみると、お互いの現状をほとんど知らないことが分かった。両者の連携推進が急務である。

国が謳う地域包括ケアの推進は、在宅と救急と警察の三者の切れ目ない連携が土台となる。しかし森友学園事件を見ていて分かるように省庁をまたぐ連携は決して容易ではない。また在宅医という「民」と救急・警察という「官」との連携には大きな壁が立ちはだかる。救急と警察の連携も遅々として進まない。日本の救急医療体制は世界最高レベルだが、連携不足に起因した混乱は是正が急がれる。救急車有料化の議論の前に、正しい119番の啓発や三者の連携強化に取り組むべきだ。

もはや単身世帯が三割を超え、過半数に向かう。どんなに仲のいい夫婦でも一人が亡くなればその時からおひとりさまになる。もはやおひとりさまが私たちの在宅医療の標準である。しかし病院スタッフは「おひとりさまの在宅療養は無理」との認識のままだ。しかし私たちは本人が希望する場での療養を最期まで支援している。おひとりさまの平穏死が日常である。もし天涯孤独なら本人意思だけなのでさらに難易度が低くなる。しかし慌てた隣人が119番したらどうなるのか。そんな現実も知っておく時代である。





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この記事へのコメント

心肺蘇生不要は救急現場には通じない ならば、心肺蘇生不要を希望している本人を救急搬送すると本人の意思に反する医療行為を行うことになるので、救急車をよばないでください。   なのですが、
隣のお一人様80歳超の爺様が庭で転がっていたら(ウチの庭から隣の庭の半分が見える)やはり119番する・・・しか、ナイです。その前に自治会長か民生委員へ連絡するにしてもその後はやはり119番。
近所に高齢者がたくさんいますけど、誰がどのような医療行為を希望しているか拒否しているか、なんて近所で話すこともないしそのような話題を持ち出すだけで〇×△☂( ゚Д゚)(*_*;(◎_◎;)となってしまうのが現実です。

Posted by 匿名 at 2018年04月24日 03:39 | 返信

LWについて、長尾先生が行き詰っている理由、日本尊厳死協会を公益法人と認めさせたい理由、が、わかってきたような気がします。
このブログの読者やまぐまぐ長尾の読者が増えているとはいっても国民全体からみるとごくわずか。
大半の高齢者は、自分の死にざまについて「真剣に」「明日かもしれない現実として」考えていない。大半の高齢者家族は親の死も自分の死も「遠い世界のハナシ」状態。
その大半の高齢者と家族をを啓蒙するには、日本尊厳死協会に「公益法人」という「錦の御旗」を付けたい、なぜなら日本人は「お国の方針」が大好きだから。
公益法人として、「死にざま」を自らが考え具体化するために書面にする行動を、「国家施策」として推進する必要がある。
そうでなければ、いつまでも混沌状態が続くだけである。
・・・だから、公益法人にこだわっておられるのであろうと・・・

私は、現政府は、いつまでたっても日本尊厳死協会を公益法人とは認めないと思います。現政府は、医療を民主化したくないのです。
理由は、歴史が証明しているように「独裁政権」は医療を利用して邪魔者を合法的に消してきた。独裁を目論む政権にとって、医療の支配権を手中に納めておきたい。医療を国民の手に渡したくないのです。
これを覆すということは、ある意味、革命であります。医療の民主化は、国政の民主化でもあります。

Posted by 匿名 at 2018年04月25日 02:41 | 返信

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