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自分が認知症になって分かったこと

2018年06月07日(木)

私と同じ年だった、故・西村元一先生は「みずからががん患者になり分かったこと」
を勇気を持って発信されたが、先週、ちょうど一周忌を迎えた。
「自分が認知症になって分かったこと」は認知症で有名な長谷川和夫先生のお言葉。
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「認知症は、長生きすれば誰にでも起こり得ることです。だから、ありのままを受け入れるしか、仕方がありません。
まずは、自分でできる範囲のことをやる。その上で、少しでも人の役に立つようなことができたら、それ以上嬉しいことはない――。
そんなふうに考えながら、日々を送っています。」

これは、認知症研究の第一人者、「長谷川式簡易認知症スケール」の開発で、その名を知られた長谷川和夫先生の言葉です。
長谷川先生は、89歳の今、「嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症」と診断され、認知症とともに生活をしています。

現在は、かつて患者さんにお勧めしていたように、ご自身でデイケアに通われながら
、認知症とともに快適に暮らせる地域づくりのために今なお尽力されています。




私が認知症ケアで大切にしてきたのは「パーソン・センタード・ケア」という考え方です。認知症の人を中心に考えるという理念で、イギリスのトム・キットウッドという臨床心理士が提唱したものです。

認知症の人を中心にすると言っても、ちやほやしたり、言いなりになるのが良い、というわけではありません。必要なのは「認知症の人と自分は同じだ」と考えること。同じ目線に立って話すことが、とても大切です。

また、衛生や食事、排泄などを援助する従来のケアに加えて、「その人らしさ」を尊重することも重要です。「その人らしさ」とは、明るい、几帳面、綺麗好きというような、単なる性格や性質のことではありません。それは、人生での経験や、周りの人々からの影響で作り上げられた、その人独自のユニークなものです。

表面的には同じ性格に見えても、それを形成した背景は、人それぞれ異なります。その背景を粘り強く推し量り、「その人らしさ」を理解して、お互いに代えがたい存在であることを認め合う。認知症ケアには、そんな姿勢が求められると思います。



話をするときには、こちらから何か話しかけるのではなく、相手が話し始めるのを待って、何を欲しているのか、耳を傾けるのが原則です。

例えば、認知症の人が「今朝はとても寒いから、朝ごはんはいつものパン食じゃなくて、温かいお粥にしてもらいたいな」と思っているとしましょう。ところが、こちらが先に違う話を始めてしまうと、それに一生懸命答えようとして、自分が言おうとしていることを忘れてしまう。認知症の人は、頭のスイッチの切り替えがスムーズにできないのです。

だから、何か言いたいことがあるんじゃないかな、というときは「どうしたの?」「何がしたいの?」と問いかける。これで良いのです。

本人の願望を注意深く聞き取り、大切にしてあげること。これが本当の「パーソン・センタード・ケア」なのだと思います。



「認知症の人も私と同じ」
 これからの認知症ケアには、専門職や家族だけではなく、地域の人たちの理解や接し方もとても大切になると思っています。

高齢者の数が多くなったいまでは、どこの地域でも、必ず近所に認知症の方が何人かいらっしゃるはずです。少しずつでもいいから、認知症とはどのようなものか、みんなが学ぶ。そして、「認知症の人の心は、私の心と同じ。あの人も私と同じように、楽しみたい、幸せになりたいと思っているんだ」という気持ちをもって、本人に接してみる。

こうして、認知症になっても安心して暮らせる社会をつくっていくことが、これからの日本に求められているのではないでしょうか。

ー以上、本文より。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180506-00007221-bunshun-life&p=1
認知症医療の第一人者が語る「みずから認知症になってわかったこと」(文春オンライン) - Yahoo!ニュース

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この記事へのコメント

僭越な物言いになってしまうかも知れませんが、
主として仕事や学びの場で接してきた認知症の方
とのコミュニケーション方法の一つとして、
自分が素直に、シンプルになることが、良好な
関係性を築くための近道な気がします。
認知症になっても、素の感性は健在であると
思いますし、逆に、それが際立ってくると思います。
"子供返り" のような、その方が幼子になったとでも
思えば、接する身としても諦めが付くように思います。
むしろ素の感性で生きる、その方が "可愛い" と
思えてくるかも知れません。
ただ、認知症になりたての頃に冷遇されてしまい、
心を閉ざしたり、既に荒々しく変貌してしまったと
したら、その代償=回復への道筋 には時間が掛かるかも
知れません。
また、心を閉ざした状態のまま、合わない薬を服薬し、
人工的な操作が及び続けると、それは悲惨な状態になって
しまうことでしょう。
実習に伺った大きな施設の中で、そのように悲惨な状態に
なってしまった方々を見ました。「悲惨な状態」と公言して
憚らない程の方々を見たのは、後にも先にも、その時だけです。
「身内からの愛なく、適当にされてしまった」のでしょう。
そのような施設にも税金が投入されているわけなので、
他人ごとではありません。

Posted by もも at 2018年06月07日 09:27 | 返信

各地で認知症サポーター講座が開催されていますが、参加者の数だけが誇張されています。
認知症の啓発は、一般の人にはもう飽きられているのではないかとさえ感じます。
一方、いまだ関心も薄く偏見も相変わらずなのは、実のある啓発になっていないのかもしれません。
つねに長谷川和夫先生が言っておられる「パーソン・センタード・ケア」を広めることこそが
認知症とともに生きる人に寄り添い、根深く残る偏見を少しでも減らしていけるのではないかと。
専門職の人達が受ける研修内容を、一般の人にも広めるべきです。
自分の問題として考えられる人を増やし、認知症を考え続ける環境を広げることをしてほしい。
一般の人たちを(特に高齢者)惑わせてはいけないとばかりに、認知症が根底にある社会問題に
蓋をし続けていると、地域を支える人を失うばかりです。

Posted by あんこ at 2018年06月09日 10:31 | 返信

ひとつ前の記事に「医療=お薬、になっていることを憂う」とありました。
ReCODE Protocol のような取り組みにはどう思われますか?

Posted by 舞 at 2018年06月10日 07:33 | 返信

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