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第7回日本リビングウイル研究会 「終末期鎮静」

2018年06月23日(土)

今日は、東大で第7回日本リビングウイル研究会が盛大に開催された。
テーマは「がん終末期の深い持続的鎮静」
会場はまさに満席で立ち見も沢山で、入れずに帰られた人もいたとか。

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登壇者は
・森田達也先生
・会田薫子先生
・山崎章郎先生
と豪華な顔ぶれ。

市民向けとしては、おそらく日本初のシンポジウム。
素晴らしい講演が続き私も少し話しビデオ供覧した。


私の結論は単純。
リビングウイルがあれば延命治療をしないので鎮静の確率が低い一方、
いかなる方法でも除き難い苦痛がある時には、鎮静の恩恵に預かれる。

がん遺族会「青空の会」の中野貞彦氏の講演が光った。
彼は遺族にアンケート調査を行いその分析を発表した。


私としては、あくまでホストの立場。
言いたいことの1%も話さなかった。

いや、諸事情があり、0.1%も話させてもらえなかった。
私の話を期待し聴きに来てくれた人には、申し訳なかった。

長尾の本当の本当の話を聴きたい人のために10月25日(木)の午後、
東京品川で1000人規模の講演会をすることになっている。→こちら

昨日は完全燃焼であったが、
今日は予期された不完全燃焼。

「大人になったね」と誉められた。
「だって僕、もうカンレキだだもん」


親しい友人が、末期がんで危篤状態にある、との知らせを受けた。
鎮静の会のあとだから、まさに虫の知らせのようなものに思った。

帰路につく前に、日本を代表する大病院にお見舞いのため立ち寄った。
まさに危篤状態であったが、間にあった。

私の話に反応してくれる。
家族がそれを見て驚いた。

管だらけであった。
点滴、鎮静、酸素、尿、と最低4本の管だらけ。

点滴による鎮痛ということだが、浅い鎮静もかかっていたようだ。
正直、久々に管だらけの人を見た。

4年前に身うちを関東の病院に見舞ったときも管だらけであった。
看護師たちは何の疑問も持たずに、何本もの管の管理をしていた。


詰め所にいる看護師も医師たちもリビングウイルを持つその人に
延命治療をしながら鎮静を行い、文字通り管だらけになっていた。

家族が穏やかだと思っているのが救いである。

在宅での最期は管が一本もない。
最期まで話して何か口にできる。

しかし日本を代表する病院には、平穏死を知るスタッフは一人もいない。
もうろう状態で2週間以上続いていると聞き少し腹が立ったが押さえた。


正直、洒落にならない1日。


イタリアが尊厳死を認めるまで30年かかった。
台湾も20年かかった。

私はまだ10年しかしか闘っていない。
あと10年やってダメなら、諦めよう。

そう思い、最終の新幹線に飛び乗った。



















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この記事へのコメント

わたしも管だらけが当然だと思っていた…というか何の疑問も持たなかったんです

看護師という立場→医師の指示による診療の補助を忠実におこなっていた=これが看護師だ!と勘違いをしていたように思います

無知こそ恐ろしいものはないです
だからこそ 知ろういう努力が必要ですし あれ?…と感じれる感性を磨きたいです

Posted by 宮ちゃん at 2018年06月24日 12:31 | 返信

シンポジウムお疲れさまでした。先生の不完全燃焼、バレバレでしたね(^_^;)参加者は高齢者の方が多く関心が高かったです。パネリストに遺族会の中村氏が入ったことで一般の人の視点がより濃く出て、これが同じ土俵で考えることの大切さなのだと感じました。医療介護の専門職の中で、たとえ家族側が胸襟を開いても置いてきぼり感が残ります。連携とかコミュニケーションとか、現場はまだ遠いところにあります。非がんの場合はどのあたりから終末期の入口なのか?の議論も必要ではないでしょうか。熱中症の懸念がある中、水分補給(輸液)をさせずに良いのか。一年前の今頃、この悩みは解消されず心のしこりです。帰路の電車内で先生のお顔を思い出すと、なぜか村上春樹の「卵と壁」のスピーチを思い出しました。「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」

Posted by あんこ at 2018年06月24日 12:39 | 返信

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