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医師は明治から進歩していない

2018年11月28日(水)

「医師は明治から進歩していない」と言っているのは
EBMの権威である名郷直樹先生、であるから、面白い。
私は、むしろ「劣化の一途である」と感じている。
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以下、m3の記事は転載が禁止されているので、冒頭だけコピペする。
(怒られたら削除しまーす)

名郷先生には「スーパー総合医シリーズ」の副編集をお願いした。→こちら
最近、面白い本を書かれたので紹介し、私もしっかり勉強したい。



「医師は明治から進歩していない」 By名郷直樹先生


「がん検診は本当に受けた方がいい?」「脳卒中とコレステロールの関係は?」
「血糖コントロールは緩い方がいい?」「風邪は何日で治るの?」

こんな疑問に、臨床研究データに基づき回答したらどうなるのか──。

EBMの草分け的存在の1人である武蔵国分寺公園クリニック院長の名郷直樹氏が、
自身が「一般論との乖離が面白い」と感じた例をまとめて今夏上梓したのが、
『検診や治療に疑問を感じている方!医療の現実、教えますから広めてください!!』(ライフサイエンス出版)だ。

 名郷氏は本書で、明治時代に脚気治療で巻き起こった論争に詳しく触れ、
「有効な治療法が見付かっていたにも関わらず、当時の主流グループが証拠よりも論を重視した結果、
なかなか広まらなかった歴史がある」と指摘し。その状況は今でも変わっておらず、
「医学は進歩したが、医師は進歩していない」と強調する。


──第1章と最終章で、明治時代の脚気論争に関して詳しく書かれています。本書は日刊ゲンダイの連載をまとめたものですが、この部分は連載当初から書かれていたものですか?

 連載時には、締めが脚気の話でした。臨床研究の問題点やデータの話を前段でして、最後に「現在のこういう酷い状況も、明治時代に続く流れの先にあるんですよ」と示した。単行本にする際に、脚気を先に持ってきた方が売れるのではないかと考え、順番を変えました。

──脚気論争に興味を持たれたきっかけは。

 私は自治医科大学を卒業しており、学費を免除していただいて医師になった。その代わり数年間は自分の地元(愛知県)に戻り、僻地で勤務しました。最初の僻地勤務は同級生と一緒に赴任し、その同級生が『模倣の時代』(板倉聖宣著、仮説社)という医学史の本を面白いと紹介してくれました。読んでみたら、これは面白いと。

 ちょうどこの頃、EBMに初めて触れており、「これは正にEBMの歴史そのものだぞ」と思いました。いつか脚気とEBMについて書きたいと、何十年来も思っていた訳です。
 同じテーマで吉村昭さんの『白い航跡』(講談社)という小説もありますが、『模倣の時代』の方が、実際の論文を明確に引用するなど、圧倒的に実証的で優れていました。学者と文学者の違いですけれど、私には学者の書く物の方が、本当に面白かった。

──脚気論争のどこに面白さを感じたのでしょうか。

 今も当時と同じことが行われているというところです。脚気の治療法を早くに発見した高木兼寛は医療界の傍流で、それを論理の観点から否定した森鴎外ら主流グループがいる。その対立軸は、全然変わっていない。本来だったら脚気論争を通じて、高木兼寛のような証拠重視のやり方が、この時点で王道になるべきです。ところが証拠重視が全然王道にならずに、東大の論理の重視のやり方が今もって生き残っているということが、決定的に面白かった

名郷直樹氏

──20代と若い頃にそう感じられた。今の状況に変化はありますか。

 流れは全く変わっていません。私の医師キャリアの間でも、いまだに東大が王道です。明治時代から実証的な研究があり、まさに論理よりも証拠の方が大事だったという本当に大きな事実があった。脚気論争は、論理は事実を反映していない場合がよくあることを教えてくれるのに、医学生にあまり教えられていません
 高木兼寛が作った東京慈恵会医科大学では脚気論争を学びますが、その慈恵医大ですら、バルサルタンで証拠を軽視した論文ねつ造事件を起こしているほどですから。

──脚気論争と同時期に、EBMに興味を持たれたきっかけは何ですか。

 (1986年に)大学を卒業して2年間の研修後、3年目に愛知県の作手村国民健康保険診療所で所長になりました。何もできないうちから義務で行って所長になった。もちろん困りました。

 特に困ったのは、僕が疑問に持ったようなことを疑問に思っている専門医が、誰もいなかったことです。

──どういうことを疑問に感じられたのですか。

 「上の血圧だけが高い高齢者の高血圧は放っておけばいいのでは?」とか、そういうことです。これを研修病院の循環器の先生に聞いてもあまり興味がなくて、「適当に下げときゃいいんだよ」と言う。
 そんな時、1990年代の前半にEBMの動きが入ってきました。少し勉強してみたら、自分で調べて論文に当たれば自分で疑問が解消できると分かった。自分で問題をはっきりさせて、論文を手に入れて、自分で読んで、実際の患者に使って、というEBMのプロセスに沿えば、田舎の診療所でまぁまぁそれなりにできたり、あるいは専門医が全く知らないような論文を自分の方が知っていたり、そういうことが面白くなっていきました。

──専門医の方が興味を持たれている部分と地域の診療所の課題は違っていた。

 診療所は外来ばかりですからね。病棟で循環器をやっている方は心筋梗塞の急性期などを見ていて、高血圧は片手間にやっている。地域の診療所では、多くの専門医は関心がない、適当にやっているようなことが大きな問題だったりします。そちらの方が多くの患者には身近な問題ですね。

──本書では「医学は進歩したが、医者は進歩してない」と警鐘を鳴らしています。

 当たり前のことですよね。石器時代からそんなに人間は進歩していない。1回きりしか生きられませんから。医学は応用科学ですから、医学自体が進歩しても、使う側はたいして進歩していないことを強く認識すべきだと思います
 脚気論争が教えてくれるのは、「勉強していても大変だ」ということです。森鴎外みたいにものすごく博学で勉強している人でも間違う。つまり、勉強していないと本当にとんでもないことになるということです。医学が進歩しているからなんとなく自分も進歩しているのではないかと勘違いしていたら、とんでもないことになると、本書を通じて気付いてほしいと思います。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

明治時代のことは私には分からない。

しかし私が医者になった35年前よりも確実に劣化している。
医学部も教授も、もっとすごかった。

そのころの開業医は知らないが、同じであろう。
10年後、20年後の医師はもっと劣化だろう。

過度な専門分化とマニュアル化がその原因。
頭で考えることを忘れた。

AIに頼るようになれば、もっと劣化するだろう。
「AIは医師を補完する」と言われているが本当かな?

「AIは医師の劣化を加速させるもの」と言ったほうが
正しいのではないか、と最近のAI信仰を見ていて思う。


PS)
今夜は尊厳死協会の関西支部理事会と一足早い忘年会だった。

写真は、私の故郷、香川県の父母ヶ浜。(知り合いからのメール)
日本のウユニ塩湖だとか。

20181008_170004.jpg







 


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この記事へのコメント

「EBM」を知りませんでした
調べることからスタートです

実は 根拠がないことが多いのかもしれません
曖昧だとか 権威のある方のお言葉だから…とか
みんながやってるから…とか(笑)

最期の大事な時に 誰に出逢うのか…
とても大事です
いい方に出逢えるように 今から準備しておきたいです

Posted by 宮ちゃん at 2018年11月28日 08:22 | 返信

父母ヶ浜:ちちぶがはま と読むんですね。綺麗ですねぇ。
海が綺麗な景色を見ると、"日本は島国" を実感しますし、
何故か気持ちが落ち着きます。太陽と月にも魅せられます。
長尾先生は日本各地を行脚して、たくさんのいい場所へ
お出掛けなさっているのも、「人生を楽しんでますね」と
声掛けしたくなります。先生御自身の人徳があっての人脈の
豊富さも、これもまた素晴らしいことですね。

Posted by もも at 2018年11月28日 08:46 | 返信

>「医師は明治から進歩していない」 By名郷直樹先生
>医学が進歩しているからなんとなく自分も進歩しているのではないかと勘違いしていたら、
>とんでもないことになると、本書を通じて気付いてほしいと思います。
この締めの部分を読んで、お医者さんだけではなく、日本人全体に当てはまるのではないかしら、
と思いました。工業や科学など、あらゆる分野での技術の進歩は目覚しいものですが、
技術は技術であって、使う・恩恵を受けるのは、あくまでも「人」です。ロボットでは
ありません。人には「心」があるので、必ずしも数式的に割り切れるものではありません。
むしろ矛盾をはらんでいるのが「人」だと思うので、「こんな筈ではなかった」が必ず生じる
ものだと思います。
医療に関して言えば、人の心=精神的苦痛・精神的快方 そのどちらにしても体調を左右するのは
環境や人間関係であるという、必要とされる大事な根本は、いつの時代であっても変わらない
筈だと思います。

Posted by もも at 2018年11月28日 11:11 | 返信

医師が明治から進歩していない理由は、為政者が国民支配のために医療を利用し、医師は、為政者が決定した医事薬事政策に振り回されるようになったからです、よ、ね。-_-b

Posted by 匿名 at 2018年11月29日 01:28 | 返信

国民健康保険ができてから、お医者さんが「良いお医者さん」と「変なお医者さん」に二極分解したのではないか?と思います。
芦屋では戦後すぐに国民健康保険が出来た時、宮本小児科の先生は、随分悩まれて健康保険に入ることを躊躇されたと、聞きました。でも芦屋でも貧乏な患者さんも多くしましたから、結局宮本先生も健康保険態勢に入られたと記憶しています。
でも宮本先生は、戦前の実費医療の時の質を維持なさって高度な小児医療を私達に施して頂きました。
でも時代と共に、そういうお医者さんばかりでは無い世の中になってきたようです。介護保険もしかりなんでしょうね。
「為すも為さぬも、人次第」ということでしょうか。

Posted by にゃんにゃん at 2018年11月29日 07:19 | 返信

人間を評価するのは難しく、「医師は明治から進歩していない」という意見に関しては、正しいのかどうかは分かりません。例えば数十年前の医師と現在の医師を比較した時に、昔の医師が優れていたという実感は個人的にはありません。ですが、医学・医療の技術は進歩しており、以前なら治療困難で助けられない患者さんにも対応出来るようになっていますので、全体的には良くなっている面もあるのではないかと感じています。

Posted by 匿名 at 2018年11月29日 08:27 | 返信

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