アルツハイマー病発症メカニズムに関する驚くべき新説

Lee et al Nature 563:639, 2018に基づき筆者作成

アルツハイマー病(AZ病)がアミロイドβ(Aβ)と呼ばれるタンパク質の脳内沈殿により起こることは広く認められている。しかし、AZ病の患者さんのAβ遺伝子は正常と変わりないことの方が多く、どうして正常遺伝子から異常たんぱく質が作られるのか現在も議論が続いている。そんな中、米国La JollaにあるSanford Burnham Prebys研究所から、驚くべき新説が提唱された(Lee et al Nature 563:639, 2018)。

おそらく一般の人には少し難しい内容だが、興味のある人は是非読んでみてほしい。

プリオン仮説

正常のAβ遺伝子を持つAZ病の患者さんでも、異常Aβが合成されることを説明するこれまで最も有力な仮説はプリオン仮説だ。プリオン仮説は聞いたことがあると思うが、狂牛病研究からわかってきた病気の発症機構で、何かの間違いでタンパク質の折りたたみが狂うと、それが正常タンパク質に働いて、同じ異常たんぱく質に変えてしまうことで、異常タンパク質が増殖し、病気を起こすという考え方だ。

狂牛病の場合、牛のプリオンタンパク質を食べてしまうと、そのタンパク質が腸管から神経を通って脳に到達し、そこで人間の同じタンパク質を異常型に変えてしまって脳内に蓄積させ、脳細胞を殺すという恐ろしいメカニズムが働いていることが知られている。

同じことがAβタンパク質でも起こって、異常Aβが神経を通って脳内に拡散し、正常のAβを異常型に変化させて、Aβタンパク質が脳内に蓄積し、脳細胞を殺すとするのが、AZ病のプリオン仮説だ。

新しい仮説

今日紹介する論文は、異常Aβタンパク質をコードする遺伝子が細胞内で遺伝子組み換えにより合成され、しかもその異常DNAから転写されたmRNAがもう一度DNAに読み直され、染色体の新しい場所にウイルスのように組み込まれることで、異常タンパク質をコードする遺伝子のコピーが増えていくという、おそろしい仮説を提唱している。ただ、この仮説を完全に理解するためには、「遺伝子組み換え」と「トランスポゾン」について理解が必要だ。実験を説明しながら、この2点についても簡単に説明するので読み進んで欲しい。

AZ病の脳内に存在する異常Aβ-mRNAの発見

プリオン仮説では、正常Aβがタンパク質に翻訳された後異常型に変化するので、AβをコードするmRNAに異常が見つかるとは限らない。それでも諦めず、著者らは異常mRNAも存在するのではないかと疑い、AZ病の脳と正常の脳で異常Aβ-mRNAを検出する方法を開発し、最終的に図に示したような、途中の遺伝子が組み換えでなくなってしまった遺伝子から転写された12種類のmRNAが存在することを突き止めた。そのうち、5種類はタンパク質へと翻訳され、さらにその中には異常Aβとして知られる構造も存在していた。また、頻度は低いが、正常人の脳でもAβ遺伝子の組み換えは起こっているようだ。

遺伝子組み換え

図に示すようにAβ遺伝子は、染色体上に18の部分(エクソン)に分かれてコードされている。この遺伝子の途中が染色体から切り出され、図に示したような短い遺伝子に変化することを組み換えと呼んでいる。ほとんどの遺伝子ではこんな恐ろしいことは起こらない。しかし、たとえば抗体遺伝子や、T細胞受容体遺伝子では、この組み換えが起こることで、様々な抗原に反応する分子が作られる。この抗体遺伝子の組み替えについて最初に報告したのが当時バーゼル研究所の利根川さんだ。この時バラバラに存在するV,D,J領域が組み換えで一つになる。

抗体遺伝子ではこれ以外に、定常部分も組み換えで変化する。このメカニズムを明らかにしたのが、今回ノーベル賞を受賞した本庶さんだ。

この研究で、AZ病の脳細胞の一部では、このような遺伝子組み換えが起こることで、異常Aβが合成される可能性が示された。

異常分子をコードする遺伝子は拡散する

こうして遺伝子レベルの組み換えで出来た異常Aβタンパク質自体が他の細胞に感染して、正常タンパク質を異常型に変えることで、組み換えによる異常が拡散すると考えると、話は早い。実際、いくらゲノムレベルで組み換えが起こってもそれはほんの一部の細胞での話で、ガンのようにその細胞が他の細胞を押しのけて増えない限り、異常遺伝子が増幅することはない。ところが、プリオン仮説と合体させれば、全く正常な人で急に異常Aβが溜まりだすのか十分説明がつく。

しかしこの研究は、組み換えに加えて異常遺伝子のコピー数が染色体内で増えることもAZ病の発症に貢献する可能性を示している。すなわち、組み換えられた遺伝子から転写された短いmRNAが、今度はもう一度DNAに読み直され、それが同じ細胞の染色体の様々な場所に飛び込んでホストの染色体に合体し、異常タンパク質をコードする遺伝子として働く可能性を示した(図参照)。これは、染色体内でコピー数を増やしていく動く遺伝子、トランスポゾンとして広く知られた現象だ。

トランスポゾン

細胞に感染した後mRNAに転写されたウイルス遺伝子が、もう一度DNAに転写され直し、それが感染した細胞の染色体に飛び込むのがレトロウイルスで、最も有名なのはエイズウイルスだろう。このメカニズムがウイルスにとどまらず、私たちが持っている遺伝子でも働いていることが知られており、染色体を飛び出して他の場所に移る能力を持つ、動く遺伝子のことをトランスポゾンと呼んでいる。

もちろんこんなことが普通に起こったのではたまったものではない。この研究でも、こんな現象が見られるのはAβ遺伝子だけで、しかも普通は脳の神経細胞でしか起こらないことを示している。ただ、短くなった異常AβmRNAを発現する普通の細胞でも、1)Aβ-mRNAをDNAに転換する逆転写酵素が発現しており、2)異常Aβ-mRNAの発現量が多く、3)ホストの染色体が切断されやすい、と言う条件が整えば、トランスポゾンのようにコピー数を増やせることを示している。

結論

詳細は全部省いて紹介したが、わかっていただけただろうか(本当は方法の開発がこの研究のハイライトなのだが、省いた)。異常タンパク質が折りたたみミスではなく、遺伝子組み換えで作られた異常遺伝子から安定に合成されることを示したことは、なぜ遺伝素因のない人が異常Aβ分子を安定的に合成してAZ病になるのかについて、かなり説得力を持って説明していると思う。さらにトランスポゾンと同じように異常遺伝子のコピー数が増大することも、AZ病が始まった後の進行性をよく説明できる気がする。おそらく実際には、今回の新説にプリオン仮説が合わさってAZ病が起こっているのだろうと納得したが、理解できても治療に結びつかないのが残念だ。