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医師法21条医事課長通知の撤回を求める
2019年03月19日(火)
日本医事新報3月号に「医師法21条医事課長通知の撤回を求める」を書いた。
国は大きな間違いをしているので、すぐに撤回すべきだ、という趣旨である。→こちら
極めて重要な問題だけど難しい内容なので、興味のない人はパスしてください。
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日本医事新報3月号
医師法21条医事課長通知の撤回を求める 長尾和宏
晴天の霹靂
2月8日、厚労省は突然、都道府県部局長宛ての医政局医事課長通知を出した。医師法第21条の「異状」に関する解釈通知である。本通知の内容を吟味し、今後、予想される混乱について述べたい。
厚生労働省医政局医事課長 平成 31年 2月 8日
医師による異状死体の届出の徹底について(通知)
近年、「死体外表面に異常所見を認めない場合は、所轄警察署への届出が不要である」と の解釈により、薬物中毒や熱中症による死亡等、外表面に異常所見を認めない死体について、 所轄警察署への届出か適切になされないおそれかあるとの懸念か指摘されています。医師か死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、 死体か発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること 。
ここで医師法21条(昭和23年法律第201号)について復習しておきたい。
第二十一条
医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
医師法21条は、医師が死体を「検案」して「異状」を認めた場合に警察への届出義務を罰則付きで求めている。この「検案」の定義については、2004年4⽉13⽇の最高裁判決で「医師法21条にいう死体の『検案』とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい」とされた。都立広尾病院で起きた消毒薬を誤注射して、予期せぬ急変・死亡した事案の最高裁判決である。東京地裁(2001年8⽉13⽇判決)は「検案して異状」を医師は認識していたと判断したのに対し、東京高裁(2003年5⽉19⽇判決)は、消毒薬の誤注射という医療過誤で死亡したのではないかとの認識があっても、死亡診断した医師は外表⾯の異状をはっきりと認識していたわけではないから死亡診断の時点では異状性の認識がないと判断し、東京地裁判決を誤りだとして破棄した。最高裁は「検案」とは外表面を見る行為である、と明確化した。つまり、外表の異状の認識がない場合に、たとえ医療過誤の認識があっても異状性の認識はないとするのが最⾼裁の解釈である。
最高裁判決を根底から否定
今回の通達は最高裁判決にある「体表異状説」を根底から否定している。もしかしたら厚労省は、通知中の「異状」の定義として、1969年の東京八王子地裁判決を参考にしたのかもしれない。1969年当時の考え⽅では、東京高裁判決でも「昭和24年通知が、死亡の際に立ち会っていなかった場合につき、死亡後の診察という表現にしたのは、医師法20条本文が規定する、診察したときは診断書を、検案したときは検案書を交付するとの区分けに忠実に考えたからと思われる」などと判示。当時は死体検案は院外の死亡時のみで、院内の死亡は診療関連死も含めて死亡診断書の扱いであり、厚労省もこの考え⽅に配慮をしていた。後にこれを否定する最高裁の解釈が出ているにもかかわらず、八王子支部判決基準を持ち出すことはおかしい。
また最高裁判例では、診療関連死であっても「検案」はするので、医師法第21条の対象であるとし、「医師という資格の特質と、本件届出義務に関する前記のような公益上の高度の必要性に照らすと、医師が、同義務の履行により、捜査機関に対し自己の犯罪が発覚する端緒を与えることにもなり得るなどの点で、一定の不利益を負う可能性があっても、それは、医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容されるものというべきである」とした。また「検案」については外表⾯の検査であるから、外表⾯の異状がない場合には届出対象にしない、という「合憲限定解釈」を採⽤している。届出の範囲を狭めることで、「刑事捜査の便宜」と「医師の⾃⼰負罪拒否特権」のバランスを取った格好だ。
さらに最高裁は外表面の異状を認識した場合にのみ届出義務を課すことで、「これにより、届出人と死体とのかかわり等、犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない」とし、医師の自己負罪拒否特権、つまり人権にも配慮した。有⼒刑法学者らによる「医師法21条は憲法31条(何⼈も法律の定める⼿続きによらなければその⽣命若しくは⾃由を奪われ⼜はその他の刑罰を科せられない)や憲法38条(何⼈も⾃⼰に不利益な供述を強要されない)に反しており、違憲無効な規定である」という批判にも配慮している。
「異状」と「異常」の違い
今回の通達で「異状」を「異常」と言い換えたことの意味はきわめて大きい。そもそも両者はどう違うのか。『異状』とは死体の状態であり、検案(死体の外表を検査)して外表の状態が『異状』であること。一方『異常』は、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身元、性別等諸般の事情が「常ではない」、つまり『異常』との意味であろう。
具体的には病院や施設にいる高齢患者さんがエアコンの故障で熱中症に陥り死亡した場合、警察に届出ることになる。また薬物中毒やウログラフィン事故においては外表異状はないため、警察への届出は不要であった。しかし今後はこうした事故を起こした医師は刑事事件として扱われる。このように今回の通達は大きな破壊力を秘めている。
また医師法21条には「24時間要件」があるが、24時間という短時間ではたとえば弁護士に連絡を取る時間もない事態が予想される。医療に限らず、様々な事案ではどの時点から問題が発生したのかその時点では不明確なことが往々にしてある。しかし後から「24時間を越えても届け出なかった」ということで、警察・検察は医師を簡単に起訴できることになる。その結果、刑事罰を受ける医師が量産されるだろう。
問われる厚労省のガバナンス
どうしてこんな最高裁判決に反する通達が出たのだろうか。そもそも「外表異状説」という言葉は、2014年3月8日、厚労省の大坪寛子医療安全推進室長(当時)が命名したものだ。鹿児島で開催された講演会で大坪室長は「外表異状説」について解説したうえで、「医師法21条はすべての診療関連死を届け出ろといっているのではない」と明言し、当時の医事課長も同様の発言をしている。これらの合意形成を基礎に現在の医療事故調査制度が出来上がっている。
一方、厚労省初の法医学者となられた医事課長補佐は厚労省のHPで「行政の視点から世界最高水準の死因究明体制の構築を目指す」と述べている。医師法21条の外表異状での届出を変更して死因究明制度を確立させたい、警察届出を増やしたいというご希望をお持ちのようである。死因究明体制構築に熱心な医系技官が医療問題弁護団の要請を受けて今回の通達が出たのだろうか。
しかしこれは最高裁判例を踏みにじっている。医療事故調は医師法21条外表異状解決を前提として議論されてきた。しかし今回の通達は約10年かけて積み上げて来た議論を根底から破壊する。「事故調制度」そのものが崩壊する可能性がある。そもそも熱中症での死亡者が出るたびに警察が捜査するなら警察も疲弊するだろう。
わが国の法システム上、最高裁が法令の解釈の最終権限者であり、行政は法律に則って行われなければならない。今回の厚労省通知は、最高裁判例を行政通知でひっくり返そうとしている。法治国家とは国家権力を立法権、行政権、司法権に分立させるという「三権分立」に基づき、行政が司法を無視することは許されていない。厚労省内部のガバナンスだけでなく政治責任も問われるだろう。関係各位で早急に議論し、今回の通知を撤回すべきだと考える。
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PS)
後日談があります。
おかげさまで、この通知は事実上、撤回されました。
当たり前の処置ですが、安心しました。
以下、井上弁護士が発表予定の草稿です。
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医師法21条には異状なし
この原稿は月刊集中3月末日発売予定号からの転載です。
井上法律事務所所長 弁護士
井上清成
2019年3月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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1.従来の解釈と何ら変わることもなく
医師法第21条(異状死体等の届出義務)に関して、2019年2月8日付けで「医師による異状死体の届出の徹底について」という通知が、厚生労働省医政局医事課長によって発せられた。ここ数年来、医師法第21条について医療界では落ち着いた運用が続いている。この通知が突然のものと受け止めた向きもあり、医師法第21条の運用や解釈が変わってしまうのではないか、という動揺も生じかねなかった。
そこで、そのような不安や動揺をあらかじめ抑えるため、この3月13日には吉田学厚生労働省医政局長が、翌14日にはまさに通知の主体である佐々木健厚生労働省医政局医事課長自身がいずれも、異口同音の答弁を行ったのである。吉田局長は衆議院厚生労働委員会で、「従来の解釈あるいは従来の私どもの法21条について申し上げていることについて何ら変わることもなく、同趣旨を改めて確認させていただいたというふうに位置づけてございます。」と答弁し、佐々木医事課長は一般社団法人医療法務研究会主催の懇談会で、「この度の通知は、従前の内容と同じでして、何ら変わるところはございません。」と明言した。
つまり、従来(従前)と何ら変わるところもなくて同じだったのだから、医療界はいずれの意味においても過剰反応する必要は全くない。
2.当時の田原医事課長の発言の通り
(1)死体の外表を見て異状があると判断した場合に届け出る
佐々木課長は、当時の田原克志医事課長の2012年10月26日の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」における発言に対して、今回の通知と「同じ趣旨」であると真正面から肯定した。
田原医事課長の発言とは、正確には次の通りである。
○田原医事課長:検案は外表を見て判断するとなっておりますけれども,その亡くなられた死体があって,死体の外表を見たドクターが検案して,そのときに異状だと考える場合は警察署に届け出てくださいということだと考えております。
○中澤構成員:それは外表を見てということは,外表だけで判断されるということでよろしいわけですね。
○田原医事課長:基本的には外表を見て判断するということですけれども,外表を見るときに,そのドクターはいろんな情報を知っている場合もありますので,それを考慮に入れて外表を見られると思います。ここで書かれているのは,あくまでも,検案をして,死体の外表を見て,異状があるという場合に警察署のほうに届け出るということでございます。これは診療関連死であるかないかにかかわらないと考えております。
○中澤構成員:そうすると,外表では判断できないものは出さなくていいという考えですか。
○田原医事課長:ですから,検案ということ自体が外表を検査するということでございますので,その時点で異状とその検案した医師が判断できるかどうかということだと考えています。
○中澤構成員:判断できなければ出さなくていいですね。
○田原医事課長:それは,もしそういう判断できないということであれば届出の必要はないということになると思います。
(2)厚労省が診療関連死について届け出るべきだと申し上げたことはない
また、3月13日の衆議院厚生労働委員会においては、橋本岳衆議院議員(元厚生労働副大臣)が、「有賀構成員からやはりこの医師法21条についての問いがあって、田原医事課長が答えておられます。そこで『厚生労働省が診療関連死について届け出るべきだというようなことを申し上げたことはないと思っております。』という答弁をしております。・・そこについても確認をさせていただいていいですか。」と問い掛けた。これに対して、吉田医政局長は明瞭に、「私どもとしても同じように認識をしてございます」と答弁したのである。
つまり、佐々木医事課長も吉田医政局長も、当時の田原医事課長の発言を今もって肯定し続けていて、その通りだということであった。厚労省の見解は、当時の田原医事課長の発言の通りなのである。
3.都立広尾病院事件の判決などを見て
(1)医療事故等々を想定しているわけではない
当時の田村憲久厚生労働大臣は、2014年6月10日の参議院厚生労働委員会で、「医師法21条は、医療事故等々を想定しているわけではない」と明言していた。この点について、3月14日の前述の懇談会において、橋本岳衆議院議員が佐々木医事課長に確かめたところ、佐々木医事課長はこれもやはり肯定し、「もちろん、その通りで、医療事故等々かどうかを問わず、警察に届け出るべきかどうかは、死体を検案した医師が個別具体的に考えることになります。」と回答したのである。
(2)都立広尾病院事件の判決なども参考になる
医療事故と言える事案での医師法第21条に関する代表的な裁判例は、いわゆる都立広尾病院事件判決(東京高等裁判所2003年5月19日判決、最高裁判所2004年4月13日判決)であると言ってよい。そこで、やはり3月14日の懇談会において橋本岳衆議院議員は、「そうすると、医療事故等々が生じた時には、医師法21条で届け出るべきか判断する際には、都立広尾病院事件の判決なども参考になるのでしょうか?」とも尋ねた。そうすると、佐々木医事課長は、「検案した医師が、警察に届け出るべきかを個別具体的に考える際には、都立広尾病院事件判決などを見ていただくことも大切なことだと思います。」と丁寧な回答をしてくれたのである。
4.医師法21条は今も異状なし
以上の次第であるから、医師法第21条の運用・解釈は今も何ら変わっていない。したがって、医療界はこれで安心してよいのである。くれぐれも、過剰反応をしてはならない。
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ご覧になる環境により、文字化けを起こすことがあります。その際はHPより原稿をご覧いただけますのでご確認ください。
MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
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この記事へのコメント
茶化すみたいで心苦しいですが
世の中、みな、特にエリートさんや学者さんや専門家さんたちは、
「自分の仕事は世のため人のため国家のために必要不可欠、もっともっと重用され重要視されるべきである」とお考えになるのであります。
すなわち、法医学者さんたちは自分たちの存在こそが社会正義の源であるからもっともっと仕事を増やさねばならぬ、とお考えなのであります。そしてそのお考えと国家安全政策が合致しているのであります。
表現を変えますと、「不審な死の範囲」を広げてわずかでも疑いのある死体は切り刻み不審な箇所が無いことを立証することが、犯罪の抑止力になる、とお考えなのであります。
ヒトが亡くなったら、なんでもかんでもとにかく警察へ連絡、司法解剖へ回す世の中になっていくのでしょう。
現在もうすでに、自らの保身を第一に考える医師は死にかけた患者を前に119番しているわけです。死亡診断書を書くことを恐れている医師がたくさんいるのです。
本当ですよ。死亡診断書を書けない医師ばかりですよ。「ここで死なれちゃ困る、死ぬなら病院へ行ってから死んで!!!」 そんな医者ばかり、それが現実。
そして運び込まれた病院では「これまでの経過がわからない」そりゃそうだよね、死にそうになっていきなり運び込まれるから。そして「とりあえず警察へ連絡」となるんですよ。ますますこの傾向が強くなるんでしょうね・・・
なんかどっと疲れてきました。
Posted by 匿名 at 2019年03月19日 03:09 | 返信
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