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玉ちゃん、義太夫さん、浅川さんとの3時間

2019年06月09日(日)

昨夜は玉ちゃん、義太夫さん、浅川さんと3時間語り合った。
テーマはズバリ「安楽死と尊厳死」で、熱い3時間であった。
「有意義だった、またやろう!」を約束して、解散となった。
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3時間の激論の様子は、義太夫さんのブログにアップされている。
https://ameblo.jp/gidayu/entry-12476000277.html


「多系統萎縮症でスイスに渡って安楽死した51歳女性」と
「透析を中止して尊厳死した44歳女性」について語った。

つまりテーマは、安楽死と尊厳死。
重いテーマだけど、玉ちゃんと義太夫さんが掘り下げてくれた。

たけし軍団んは凄い!凄すぎる!!
と、やりながら驚き、感謝した。

彼らは体当たりでこのテーマに向き合ってくれた。
「またやろう」と言ってくれた。


参加してくれた多くの皆様に感謝申し上げます。



帰阪して、悪い在宅患者さんを回った。
また、待っていたかのような看取りもあった。

ある神経難病の患者さんが息苦しさをり織り訴えたので
往診して、気管切開や人工呼吸器の説明した。

するとその患者さんは、筆談で
「死にたい」と訴えてきた。

「私もスイスに行く」と。
そう、先週のNHKの番組を見ていたのだ。

「それはできないよ」
「なんで?あの患者さんはできたじゃないか」

結局、1時間話し込んだところで、別の看取り往診に呼ばれた。
昨日の内容を聞かせたいなあ、と思った。

そこでひらめいた。

そうだ、本にすればいいのだ!!!!

タイトルは、「なぜ日本では安楽死できないのか?」で行こうかな。

そう思い立ったら、1時間後には、「はじめに」を書いてしまった。
困っている人のために、早く出したいと思う。

というわけで、ここだけの話として、書きなぐりを紹介しよう。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@


はじめに       なぜ日本では安楽死できないのか?


 
 欧米のいくつかの国では安楽死が許されていることは、もはやほとんどの日本人が一般常識として知っている。そして、さまざまなメデイアのアンケート調査でも8割の市民が安楽死に賛成と答えている。さらに、ある高校で高校生自身が行ったアンケートでも同様に8割の学生が安楽死に賛成と答えている。実は、全国各地から講演に呼んで頂くがどこに行っても真っ先に「早く安楽死できるようにしてよ」という質問が飛んでくる。そこで私が「無理です」とか「尊厳死には賛成だけど安楽死には反対です」というと皆さん引かれる。「ええ?意外!」という顔もされる。そう、一般財団法人・日本尊厳死協会は安楽死に反対していることも以外に知られていない。
 
6月3日、NHKスペシャルでスイスに渡って安楽死を遂げた51歳の神経難病の女性が映像として紹介された。本邦初の安楽死を遂げた日本人のスクープである。案の定、その番組を観た何人かの患者さんからさっそく「スイスに行きたい」という相談を受けた。また神経難病で人工呼吸器の装着にほぼ納得していた在宅患者さんまで「やっぱりやめたい。スイスに行って安楽死したい」と言い出した。さすがNHK。きわめて大きなインパクトがあった。しかし日本人も誰でもスイスに行けば安楽死できるのだろうか。答えはNOだろう。では「日本で安楽死できる日は来るのだろうか。これも答えはNOである。
 
6月8日、東京新宿歌舞伎町にあるロフトプラスワンで「ドクター長尾のオトナのための死の授業vol5」を開催した。テーマは、ズバリ「安楽死と尊厳死」。NHK番組で紹介された事例と公立福生病院で透析中止で亡くなった44歳女性の事例について徹底討論した。ゲストは、たけし軍団を代表する玉袋筋太郎さんとグレート義太夫さんとジャーナリストの浅川澄一さん。義太夫さんは人工透析を10年以上受けている当事者でもある。また浅川さんはオランダにも足を運び取材している我が国の医療・介護の第一人者だ。話していて分かったのは長尾以外は、安楽死に賛成であった。議論の終盤に聴衆にも聞いてみた。するとやはり8割の方が「安楽死に賛成」と答えた。
 
私は、8割の日本人の願望と日本国の現状のギャップにあらためて驚いた。日本では、安楽死のずっと手前にある尊厳死さえもグレーである。たとえば終末期に点滴を絞っただけでもメデイアに医師があたかも殺人者であるかのように叩かれる。また終末期の患者の希望を受けいれて家族も同意して透析を中止しただけでも「殺人」とか「医師免許剥奪」と叩かれる国なのだ。しかしメデイアに踊らされて「そうけしからん!」と呟いている多くの人が「殺人(=安楽死)」には賛成している、という滑稽さにさえ気が付いていない。
 
そもそも、尊厳死も安楽死も「本人希望の尊重」が根底にある。それを書面に書いたものをリビングウイルと呼ぶ。日本以外の先進国ではリビングウイルは法的に認められている。アジアでも台湾は2000年に、韓国は2017年に法的担保を終え施行されている。一方、日本国では法的担保の議論さえも国会で封殺されている。それに代わって2018年、国策として採用されたのが「人生会議(ACP)」である。これは比較的元気なうちから終末期の医療や療養の場について本人の意思を尊重して何度も話し合っておきましょう、という国民運動である。
 
しかし「本人の意思尊重」を謳いながら意思を文書に書いた「リビングウイルの法的担保」についての議論は、宙に浮いたままである。いや、正確に言おう。これを書いている6月9日現在の日本政府(正確には内閣府)の公式見解は、「患者がリビングウイルを書くと医師の訴訟リスクが高まる」である。つまり「患者は自分の希望など言うな。終末期医療は医者が医学会が定めたガイドラインで決めるから問題ない」と言っているのだ。(現在、東京高裁で行政裁判として係争中)。
 
ヒポクラテスの時代から医療の大原則は「患者さん本人の意思尊重」である。ユネスコの生命倫理の原則も同じだ。しかし世界中で日本国だけが「患者は黙っとれ!」と言っているのだ。従って、尊厳死もグレーだし、安楽死は200%アウト。水泳に例えたら、10mも泳げない人が10km泳げるのか、という話である。
 
本書では「なぜ日本では安楽死できないのか?」という多くの日本人にとって素朴な疑問にできるだけ分かり易く応えたい。安楽死や尊厳死にも種類があることやその本質を知ってほしい。ともに真剣に考えてくれた玉ちゃんや義太夫さんの話は和ましてくれるだろう。是非、みなさまも「なぜなのか?」とともに、「ではどうすればいいのか?」を考えて欲しい。今、全国各地の高校生たちが議論しているのがこのテーマなのだ。
 


2019年6月30日 面白くもない61回目の誕生日に   長尾和宏
 
 
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この記事へのコメント

おそらくこれからも尊厳死と安楽死の区別ができる人は多くないと思います。
その上で「自然死に向かう邪魔をしない」ことをどうやって一般の方々に広めるか、ですね。

ところで安楽死について十分理解した上でそれでも賛成する方って、人間は食事も水分もとらないと1週間程度で亡くなってしまうことはご存じないのでしょうか。ご本人が意思表明をして食事水分を中止することまで法的に問題があるのでしょうか。

Posted by anonymous at 2019年06月10日 09:17 | 返信

その昔「断食」という風習があり、高僧が断食でミイラになる。地方の寺院に安置されている高僧のミイラをいくつか見たことがあります。今は同じような事がやりたくてもできないそうです。
列車に飛び込んだり、ビルから飛び降りたりするのとは明らかに違うでしょう。
食事や水分を少しずつ減らしていって亡くなられるのが人間らしい理想的な死だと思うのですが。
現代医療が自然死・尊厳死を妨害しているとすれば、悲劇です。
大金はたいてわざわざ外国にいって、異国の地で安楽死するのは理解できないですね。


Posted by マッドネス at 2019年06月11日 10:47 | 返信

A.
体調が極端に悪く嘔吐が止まらないときは、水道水を何度も飲み、指を入れて胃液を徹底的に吐き切るを繰り返し、絶水絶食で過ごします。100時間ばかり過ぎたころに、突然食欲を感じ意識が明晰になり、なんともいえない至福を感じました。
同じような経過をなんどか体験しました。人間、かんたんには「死なない」ようです。

B.
昨年、急性期病院での「リハビリ」開始時間直前に軽く嘔吐してしまい、リハビリ中止となってしまいました。くやしくて、翌日からは朝昼抜きでリハビリにそなえ、1日200gで過ごしました。

A・Bの私的体験から、「断食死」は望んでも、思いはかなうとは限らないようです。「絶水絶食」は、生命・精神の著しい回復、「よみがえり」をもたらす鍛錬にもなりそうなのです。

「悪」条件が調った「環境」のとき、絶水絶食は「自然死」「涅槃死」に、みちびかれるということでしょうか。「法的担保」は不要です。
「耐え難い苦痛」にさいなまれているとき、「絶水絶食」だけが有効であるとは言えないのが難点です。
そこで「出番です!」 なにが?

Posted by 鍵山いさお at 2019年06月11日 07:11 | 返信

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