このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com

形骸化した明治の「遺物」 対面診療の原則は必要か?

2019年09月13日(金)

医療費削減のキモは、まずは科学技術の活用だろう。
カルテをクラウドで共有するだけでも、無駄な検査や投薬は減る。
あるいは遠隔診療(オンライン診療)を何故もっと広げないのか。

2つの応援
クリックお願いします!
   →   人気ブログランキングへ    →   にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ
 
 

オンライン診療が保険適応になったが、
30分以内に来れる再診患者のみに限定。

30分以内に来られないからこそのオンライン診療なのに
なにをバカな規制で、無駄な医療費を放置しているのか。

以下の医学生の小文を、政治家は読むべきだ。



****************************************************************
形骸化した明治の「遺物」 対面診療の原則は必要か?
 
秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士
 
2019年9月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
今月10日、厚生労働省の審議会において僻地でのオンライン診療に関する規制が緩和されることになった。これまではオンライン診療と言っても、初診は対面という原則が存在した。だが、新しいルールの下では、離島や僻地に勤める医師が急な理由で診療できなくなった場合に限り、同じ2次医療圏に属する他の医師が初診からでもオンライン診療ができるようになる。
 
これは今年の2月に秋田県の上小阿仁村で起きた“無診察処方問題”を踏まえたものだと考えられる。村の診療所に勤める唯一の常勤医が患者を診察せずに処方箋を発行してしまった一件だ。当時、医師はインフルエンザに罹ったため、診療所を閉鎖していたが患者が来てしまった。そのため、看護師が診察し、自宅で療養中の医師に電話で確認した上で処方箋を発行した。
 
この問題の背景を調べるために私は上小阿仁村に行ってきた。医療規制緩和の必要性( http://medg.jp/mt/?p=8975 )やへき地医療に従事する医師に求められる人物像・住民の医療に対する誤解( http://medg.jp/mt/?p=9006 )を考察した。
 
上小阿仁村の一件がそもそも問題になったのは医師法20条によって“無診察処方”が禁止されているからだ。そこにはこう書かれている。
 
「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」。
 
だが、調べれば調べるほど、この法律が非常に形骸化している実態が判明した。地方のとある病院では「家族診療」なるものが存在するという。高齢で受診が困難な患者の代わりに家族が処方箋をもらっていくのだ。他の医師もインフルエンザ大流行シーズンに、病院に来ることが大変な受験生のために親に定期処方薬を出したことがあるという。これらは完全に医師法違反である。だが、摘発が進んでいないことを考えると暗黙の了解となっているのだろう。ある医師は言う。
 
「医師にとっても診察の時間が省け、患者側でもタイミングの合う家族が代わりに処方箋をもらうことができる。お互いのニーズを満たしているわけだから、これからもなくならないと思うよ。」
 
では、この法律は一体誰のためになぜ制定されたのか。そして、なぜ今でも残り続けるのか。
 
もちろん、医師は患者を直接診療した方がより多くの情報を得ることができる。会話の中で相手に与える影響のうち、表情やしぐさなどの非言語情報は9割を占めると言われている。そのため、対面診療の必要性も十分に理解ができる。だが、これだけのために法律で明記したとは考えられない。法律が制定された当時の社会的な背景を読み解く必要がある。
 
この法律は、1906年から施工された旧医師法においても規定されている。旧医師法の制定に向けて力を発揮した人々は、ほかならぬ医師である。特に、日本医師会の全組織、大日本医師会はこの法律の制定のために発足したといっても過言ではない。日医創立記念詩には、医師会発足の大きなきっかけは、「薬剤師が医薬分業を求めて1893年から全国組織を結成し運動を始めたこと」と明記されている。医薬分業とは、日本薬剤師会の定義によると「薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師、薬剤師という専門家が分担して行うこと」である。その目的は専門家が協力し合い、患者にとって最適なサービスを提供すること、とされているが、これは単なる建前であり実体は医師と薬剤師の患者をめぐる争奪戦だろう。
 
医師と薬剤師の資格が明記されたのは、1874年に制定された「医制」である。当時は、両者の線引きが非常に曖昧だった。医師も調剤行為を行い、一方の薬剤師も伝統的な治療法を患者に提供していた。当時の医師は診察料よりも薬剤料を頼りに生計を立てていたと言われている。そこで医薬分業が進むと、医師は薬剤料を徴収できなくなる。もし仮に、医師以外の者が処方を行うような事態になれば、医師の立場や生活が危うくなる可能性がある。そこで、診察だけは医師の特権として守るために、医師法に規定したのではないだろうか。
 
今回のオンライン診療に関する規制緩和は大きな変化である。だが、あくまで「二次医療圏の医師が診察する」という条件を設けたのは、地元の医師たちの利権を守るためだろう。なぜ秋田の患者を東京の医師が診ることがダメなのか。明確な答えは提示されていない。そもそも医師不足が起きているからこそ、限定的にでもオンライン診療を解禁したにも関わらず、患者を囲い込むことでその地域の医師にさらなる負担を強いることになるのではないだろうか。その代償を受けるのはただでさえ過酷な労働を強いられている若手医師なのは目に見えている。
 
さらに、こうしたルールを全国で一律に議論することにも違和感を覚える。同じ医師不足地域といっても、地域によって現状は大きく異なり医療のニーズも千差万別だ。10万人あたりの医師数が最も少ない埼玉県と同じく医師数も少ないが高齢化率が最も進んだ秋田県の医療を同じ土俵で検討するのは無理があるだろう。むろん、県内でも現状は大きく異なる。例えば、上小阿仁村では地元密着の看護師に対して村民たちが絶大な信頼を置いている。村民の一人は言う。「この村の診療所のお医者さんはころころ変わるけど、看護師さんはもう30年近く働いてくれているのだよ。ずっと村にいてくれるのはありがたいよ。」だからこそ、村の診療所が閉鎖しても3日間で合計46人もの村民が診療所に来たのだろう。このような地域であれば、慢性疾患に対する定期処方薬は看護師が処方するのでもいいのではないだろうか。
 
「対面診療の原則」という非常に形骸化した法律を根拠に、明治から続く医師の利権が守られていく現状は、世も末だ。医療のプロフェッショナルとして「患者ファースト」の視点を取り戻す必要がある。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


医療タイムス2018年10月号 遠隔診療に思う →こちら

 遠隔診療に思う  長尾和宏
 
 18年4月から正式に遠隔診療が認められた。善は急げと、とりあえず届け出はした。禁煙外来が一番ハードルが低そうなのでまずはこれから始めてみようかと考えた。しかしなかなか適当な患者さんが見つからないのでまだ1件も実施できていない。現行の遠隔診療は、保険診療の縛りがきつすぎて、第一歩が踏み出せていない。

 しかし遠隔診療の可能性は限りなく大きい、と感じる。日本医師会は「かかりつけ医」制度を推進している。高齢者への総合診療推進は投薬の一元化のみならず医療と介護の連携推進などの医療経済的な背景もある。私自身、開業前から、つまり「かかりつけ医」として30年以上診ている患者さんがいる。また定期的でなくても時々来院される患者さんもいる。町医者はまさに「かかりつけ医」であるが、長く診ている患者さんにこそ時には遠隔診療でもいいようにしてあげたいと思う。せめて2回のうちは1回は遠隔診療でもいいとか、遠隔地への出張中は遠隔診療でも構わないと思う時がある。厳しすぎる遠隔診療の条件を緩和して欲しい。スマホが上手く使えない高齢者はどうするのかという疑問があがるだろうが、孫や若者が助けてあげればいいだけではないか。

 一方、国を挙げて在宅医療が推進されている。状態が落ち着いている患者さんへの訪問診療は隔週ないし月1回という開業医が多い。しかしその間に薬が必要になることが時々ある。風邪をひいたとか痒みがあるとか、小さな変化がある。しかし診察をしないで薬を処方すると医師法20条が定める「無診投薬」とみなされる。九州地区の開業医が医師法20条違反で保険医停止という厳しい裁定が下されたと聞く。従って患者さんから臨時の投薬希望があればその毎に往診をするしかない。電話再診では投薬はできない。訪問看護師が先回りしてくれていれば、もはや往診の意義は少ないが、法律違反はできないので患者さんの家に行くしかない。だから無駄だと思っても往診する。在宅医療において往診機能は大切であるが、なかにはそんな「処方のためだけの往診」もある。在宅患者さんにも遠隔診療による処方が可能になれば私たちだけでなく患者さんもすごく助かるはずだ。

 また外来診療と在宅医療の狭間にある患者さんも少なくない。フレイルで通院が困難になり家族だけが受診する場合がある。2~3回なら仕方が無いかもしれない。しかし要介護5であっても家族受診だけで年単位で投薬だけを続けている大病院もみかける。諸事情で在宅医療に踏み切れない患者さんに「つなぎ」として遠隔診療が相応しいと思うケースもある。他人が家に来ることを極端に嫌がる患者さんがいるが、遠隔診療は相性がいい。

遠隔読影や遠隔手術指導や遠隔看取りなどかなりのところまで実用化されている。しかし肝心の一番身近な慢性疾患診療や在宅医療には高いハードルが設定されていることが残念である。遠隔診療と言いながらも実際は、30分程度で来院できる距離の患者さんでないと利用できない。スマホとスマホで会議ができるという時代だがその恩恵が医療にはあまり活かされていない。遠隔診療できる信頼関係こそが「かかりつけ医」の条件でもあろう。次回の診療報酬改定において、ITという武器がさらに活用できることと期待している。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



医療タイムス2016年9月号 開業医と遠隔医療  →こちら

開業医と遠隔医療    長尾和宏
 
 遠隔医療と聞くとなんとなく画像診断や手術指導などの病院医療を連想するが、実は将来的には開業医に一番関係するのではないか。たとえば、日々なにげなく行っている電話再診は健康保険で認められている立派な遠隔医療である。あるいは離島診療では、生活習慣病などに遠隔医療がすでに応用されている。今年新潟県の粟島という人口300人程度の離島を訪問する機会があった。島には一人の看護師がいて血圧を測り、テレビ電話を通じて対岸の村上市の病院の医師と対話して投薬していた。固定式のテレビ電話が無くても、スマホの動画による遠隔医療もやろうと思えばいくらでも可能である。在宅医療の現場では、スマホ画像による傷や皮疹の診断を行っている。看取りの際にも家族にスマホで“実況中継”してもらうことはいくらでもある。保険診療や保険請求としてまだ認められていなくても、実態として“遠隔医療的なもの”は普通に使っていることに気が付く。

 遠隔医療に一番向いているのは、なんといっても一番多い生活習慣病であろう。忙しい現代人にとって定期受診は難しい。もし症状が落ち着いているならば2回に1回でも遠隔診療を認めてあげた方が服薬コンプライアンスも上がる人は少なくない。そんな本音があちこちから聞こえてくる。あるいは通院を嫌がる認知症の人の診療は、再診以降は家族受診でもいいことになっているが、スマホ画像を利用した遠隔医療のほうが当然ながら診療の質は上がるだろう。また在宅患者さんが発熱や嘔吐した場合も訪問看護師がすぐに対応できない場合は、スマホ画像による遠隔医療が役に立つだろう。さらに訪問薬剤指導や訪問栄養指導にも遠隔医療が利用できれば、その恩恵にあずかれる患者さんも多い。

 政府の規制改革会議が遠隔医療の規制緩和について熱心な議論していると聞いている。リスクマネジメントの観点からは、遠隔医療が抱える様々なリスクも議論されているのだろう。しかし患者本位、利用者本位という視点で見た場合、遠隔医療の規制緩和はとても重要な課題だ。経済格差が健康格差になっている現実を考えた時、遠隔医療により受診のハードルを下げる工夫はやる気になればいくらでもやれるはずだ。

 話が変わるが人工知能(AI)の発達がめまぐるしい。一部のゲームにおいてはすでにAIは人間を上回っている。慶応大学では人工知能(AI)による医師国家試験自動回答プログラムが開発されている。現在、正答率は5割程度であるが医師になるための6割程度をクリアする日はそう遠くないだろう。しかしAIが医師の診療技術を上回ることは当面困難だろう。視診や触診などの五感を用いることは機械にはできないからだ。だからAIが医師を上回るのではなく、医師を補佐する存在になることが期待されている。さらにAIに学習機能を付加できればレセプト審査など診療に付随した業務は格段に効率化すると予測されている。そんな将来展望のなか「遠隔医療とAI」というまるでSF映画のような世界が現実化する可能性は高いと考える。

 遠隔医療には2つの側面があるだろう。ひとつは前段で述べた加速する地方消滅や医師不足への対応。もうひとつは後段で述べた医療の効率化だ。この2つの側面から国民皆保険制度を堅持するために遠隔医療をどう活かすのか。現場を含めた広い議論が急がれる。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


PS)

昨夜は、夕方から東京に出張。
「生活支援」の勉強会だった。

最終で帰阪したのは、明日「そこまで言って委員会」
の収録に「白衣が要る」、との連絡を頂いたから。

終了後は、札幌で開催の在宅医療のフォーラムに。
お目当ては名郷先生のエビデンスの講演、だべさ。

一昨日は深夜も働いていたが今夜は静か。(今のところ)

2つのランキングに参加しています。両方クリックお願い致します。皆様の応援が日々ブログを書く原動力になっています。

お一人、一日一票有効です。

人気ブログランキングへ ← 応援クリックお願い致します!

(ブログランキング)

にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ ← こちらもぜひ応援クリックお願い致します!

(日本ブログ村)

※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

なんだかな…と思いながら 拝読させていただきました

ある病院では お医者さまは パソコンばかり見て 聴診器もあてず 「はい 一ヶ月分 同じ薬でいいね…
次回 採血するからね」と言われたそうです
これこそ 遠隔診療か?…目の前に患者さんがいるのに お医者さまは とても遠い存在です 悲しいね

うちのばあちゃんが住んで部落は ポツンと一軒家でテレビで出た麓にあります
97歳のばあちゃんは 心不全で何度か入退院を繰り返しましたが 今度 発作を起こしたら 救急搬送しても
間に合わないから 最期までおうちで過ごしましょうと部落のお医者さまと人生会議をやって
一昨年 在宅看取りとなりました
看取ってくださったお医者さまは当時84歳でした
この部落のために 遠隔診療の整備をお願いします

Posted by 宮ちゃん at 2019年09月16日 04:12 | 返信

コメントする

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

このたびURLを下記に変更しました。
お気に入り等に登録されている方は、新URLへの変更をお願いします。
新URL http://blog.drnagao.com


過去の日記一覧

ひとりも、死なせへん

安楽死特区

糖尿病と膵臓がん

病気の9割は歩くだけで治るPART2

男の孤独死

痛い在宅医

歩き方で人生が変わる

薬のやめどき

痛くない死に方

医者通いせずに90歳まで元気で生きる人の7つの習慣

認知症は歩くだけで良くなる

がんは人生を二度生きられる

親の老いを受け入れる

認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?

病気の9割は歩くだけで治る!

その医者のかかり方は損です

長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか

家族よ、ボケと闘うな!

ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!

抗がん剤 10の「やめどき」

「平穏死」10の条件

胃ろうという選択、しない選択

  • にほんブログ村 病気ブログ 医療・医者へ