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「共生」を許容する人、できない人

2020年05月30日(土)

「コロナとの共生」や「ウイズコロナ」という考え方を
理解できないとか、許せない、という市民や医者がいる。
今後のロードマップは、完全二派に分かれると予想する。
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「共生」を許容できない人や医者はこう言う

・第二波はとんでもない出来事
・終息まで自粛を緩めてはいけない
・携帯による追跡システムを早くQ
・2類を外すなんてとんでもない・・・



一方、
「共生」を許容する人や医者はこう言う。

・ある程度は仕方がない。
・簡単には死ななない、死ななければいい
・インフルより怖いけど、医療で助けられる
・だから、2類を外して5類のほうがいい


自分はどちらか分からないなあ、という人は、
以下の記事をどう評価すかで判別できるかも。



1)「集団免疫」作戦のスエーデンに異変(ニューズウイーク)  →こちら

スエーデンの話は、参考になる?
それとも、ケシカラン?


2)コロナとは長期戦、
 「かかりつけ医」のススメ(東洋経済オンライン) →こちら

かかりつけ医がコロナを診るなんて
あり得る?
それとも、ケシカラン!?



感染症の専門家は、ほとんどが「許容できない」だろう。
そんなポーズを取らないと、国民から非難を浴びるかも。

生物学者やウイルス学者の多くは「許容できる」派かもね。
おそらく、多くの経済学者や政治家も本音では同じだろう。


「コロナで死ぬのは仕方がない」と言うと、批難ゴウゴウだけど、
「コロナで死なせてはいけない」と言うと、拍手喝采の国なのだ。



70段の集団免疫獲得までの道のりは、遠い。
遥か彼方。

今は、まだ一段目。→こちら

残り、69段の階段をどんなスピードで登りきるのか。
登り切れるのか。


9割の人は、嫌なことは先延ばししたい。

だから9割の人は、「容認しない」派であろう。

しかしその裏で茹でゆでガエルのようにけいざいて経済的犠牲者が出る。


つまり自殺者、のこと。

あるいは国力の衰退、である。

これを決めるのが、まさに「国家の知性」なのだ。
国家は人ではないので、今を生きる人の「智慧」。


まあ、我が国はすでに後進国なので、「容認できない派」で進むかな。

でも気が付けば、国が無くなっているかもしれないけど。

「それでも人の命は重い」と言い続けることが御用学者の宿命。

「共生」や「ウイズ」がイヤなら、
いっそのこと「ビヨンド」かな。



PS)
コロナチャンネル#041

あらためて考えよう、マスクの意味  
https://youtu.be/LJh3aPHCVIE




































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この記事へのコメント

コロナチャンネルに感謝申し上げます。ずっと聞いてます。検査のこと、ステイホーム、症状のこと、マスクのこと、どれだけ勉強になり安心出来たか分かりません。先生が大事と思うことは、継続して発信して頂けたら有難いです。先生に無理がかからないように。先生こそ必要とされる方です。

Posted by 小林ひろえ at 2020年05月30日 08:19 | 返信

おはようございます。

人生、仕方のない事だらけです。(努力した上での事、何にも対策しないで、自分に甘いのはダメですが)
人間は細菌とウィルスの塊なら(先生のコロナチャンネルでも言っておられた)
ウィルスは喋る(意思伝達できる)なら、私は社交辞令的に『コロナさんおいでやす』とは言えないけど(笑)
もし来るなら、お手柔らかに〜と思います。吉本的に『きたんかいなぁ〜笑わなしゃーないわ〜です。』笑いは大事ですよね。
介護してますので、母のトンチンカンな話に笑いながら答えてます。私が笑うと母も笑います。
介護、出来ないことあっても、まぁ仕方ないなぁ〜じゃないと、とても精神が持ちません。
共生だめだと思ってる人は完璧を求めてる真面目な人かも?違ったらごめんなさいね!
コロナじゃなくても、毎日人は亡くなってますし、この世の絶対は『絶対人はいつか死ぬ!』は確実ですからね。

Posted by rico at 2020年05月30日 09:29 | 返信

(1)とれる限りの防衛策をとるべき、5月中の緊急事態宣言の解除はありえない
(2)当分マスクが手放せない生活にはなるだろう。不要不急の外出は禁止する必要はないが三密はやめた方がよい。
(3)マスクをしてアルコールを適宜使えば二密三密でもOK。
(4)もうマスクすらいらない。完全に2019年の生活に戻していい。

いろんな意見がありますが、このくらいには分類できそうです。個人的には(3)くらいの気分ですが緩みすぎでしょうか。全員が満足する方法はとれませんが、声がでかいのは(1)のタイプでしょうね。(4)のタイプは何も言わず自分の好き放題動くイメージです。

何のために自粛するのか、まさか自粛のための自粛じゃないですよね、みたいなことは思います。究極の目的は感染者数や死亡者数を減らすことではなく、皆が幸福で暮らすことのはずです。これを多くの人が見失っているような気がしてなりません。

もうしばらくは必要に応じてマスクを着け、消毒を適宜、帰ったら必ず手洗い、このくらいで三密を避ければあとは運任せ、でいいんじゃないでしょうか。院内感染・施設内感染については2019年のレベルで対応し、発熱患者全員に防護服対応まではしない、であってほしいと個人的には思います。

命至上主義はいけません。人間死ぬときは死ぬのです。自殺者が増えるのが最悪。人間とはいえ動物のくせにきっちりやりすぎて自分や周囲を窮屈にしてどうするんだと言いたいです。30年前の文明に戻した方が幸せなんじゃないかと思います。

Posted by 広島の赤牛 at 2020年05月30日 09:37 | 返信

COVID-19は大半の健康な若者にとっては「なかなか治りにくいしつこいかぜのウイルス」持病のある高齢者にとっては「重症肺炎を起こす恐怖のウイルス」中高年者にはその中間くらい。
しかし若者でも高度肥満、生活習慣病(糖尿病、高血圧、メタボ)ありの人は要注意。
健康な若者がかぜひいた場合はもちろん治るまでステイホーム。それを守ればむしろ検査は受けにいかなくていい。ひいてない場合は十分な感染予防対策した上で通常行動していいのではないかと思います。
年齢と持病の有無などで重症化・死亡リスクが全然違うのであるから、濃淡をつけて対策すべきですね。
全国民が一斉にステイホームしろ、ロックダウンしろ、休業しろと言うから社会がおかしくなるわけで。
何の専門家会議か知らないが、なぜこんな極端な指示しか出せないのでしょうか?
町医者(かかりつけ医?)がコロナを診るのはけしからんというのが今の法律(2類指定)ですね。
おまえらは感染症のことを何もわかっちゃいないから、下手に手を出すんじゃないよという事ですね。
町医者にこの仕事を自由にやられてしまうと、相対的に彼らの存在価値がなくなりますから。
医療というのは専門家の既得権益を守るために存在しているのではないでしょう。
専門家の言う事だからと盲目的に信用しない、監視できるくらいの知性が国民には必要。
認知症の専門家もそうでしたからね。

Posted by マッドネス at 2020年05月30日 10:31 | 返信

長尾先生、コロナチャンネルありがとうございます。
遠距離介護中の私は、4月中旬からずっと実家に滞在したままで、先生のブログとチャンネルに励まされて過ごしております。6月からは移動制限も少しずつ緩和されるようですが、介護施設の利用制限は続くため、私が県外に出て、また実家に来るとその日から2週間介護サービスは受けられなくなります。この状況は当分続くので、ひと月の半分は実家で過ごすしかないのかなぁと思っています。コロナが無くても実家での生活が増えるのは考えてはいましたが、突然の状況変化のため色々と悩みます。
そんな時、長尾先生のお言葉と、お声にどれだけ励まされているか、感謝しております。気分良く過ごすため毎日散歩して元気に過ごしたいと思います。
それにしても、コロナ専門家会議に長尾先生がいらっしゃったら今頃どうなっていたでしょうか?
今後も、長尾先生からの発信を頼りに過ごしたいと思います。

Posted by 匿名 at 2020年05月30日 02:55 | 返信

ノイジーマイノリティがコロナとの共生を拒否してるだけで、大多数はもう仕方がない、と思ってるようですが。
早い話が少したちの悪い風邪なわけで、共生しかないことは皆分かって来たようです。あまり大っぴらにそのことを言うと、「年寄りは死ねというのか!!」といういつもの話になるわけで、口に出さないだけ。
死ねとは言わないが、死ぬのは仕方ないですね。嫌なら自分は自粛してれば良いし、他人の世話にならないと生きていけないグループホームとかの老人ならコロナで死ぬのも寿命でしょう。自分の力で生きられないほど長く、今まで生きてこれたんだからここらで終わりになったとしても、それはそれで良いじゃないですか。

Posted by 匿名 at 2020年05月31日 10:41 | 返信

そんな風に世間や施設責任者、利用者家族が考えてくれたら
介護職はとても助かります
実際は今のところ真逆です

あんこきなこから匿名への返信 at 2020年06月01日 06:30 | 返信

ノイジーマイノリティはヘイトの原因ですね

小学校の登校を開始したとたんに、クラスターによる集団感染が起きましたね
インフルエンザですら、学級閉鎖になるのを見ていれば、新型コロナでも集団感染起こすことぐらい火を見るよりも明らかだと思いますが、、、

どうしても、ここを見ている人に子どもの登校を制限したことが気に食わない人がいるんですよねぇ
たらればですが、登校を制限しなかった場合、どうなっていたでしょうね
全国各地の学校でメガクラスターでの集団感染が起き、それを家族に移し、高齢者がなくなるという事案が発生していたと思います

秋~冬の第3波に向けて、注意していきたいですね

Posted by 匿名 at 2020年06月01日 03:59 | 返信

いろんな考え方がありますので、反論ではなくてこういう意見もあるくらいに考えてください。

インフルエンザとの比較がわかりやすいと思います。今のところインフルエンザの方が患者数、死亡者数ともに上です。もちろんウイルス自体の毒性は新型コロナの方が上で、しっかり感染対策できているからこの数字になっているのだとは思います。

ということは毎年冬、インフルエンザが流行りだしたら緊急事態宣言を出したり、登校禁止にしたり、そうしないと辻褄が合いません。そうしない理由があるとしても私には思いつきません。現状新型コロナの実力は判明していますし、今後の強毒化を心配するならインフルエンザの強毒化も心配するべきです。

また新型コロナの流行期に登校禁止にして、感染者数が減り死亡者も減少させることができるとしても、大部分の児童/生徒が不幸になってしまっては得なのか損なのかわからなくなります。学力・体力は大幅に低下したでしょうし、ゲーム依存も精神的に調子を崩した子も増えたんじゃないでしょうか。

例えば小中学生の人口が1000万人いて、新型コロナの流行期に登校禁止にしなかった場合そのうちの1000人が亡くなるとします。勝手に作った数字ですが、インフルエンザの死亡率よりはるかに高い数字です。これが対策を取ったら200人に減るとしたら、匿名様は対策をとるべきとお考えになるかもしれませんが、私はそうは思いません。

1万人に1人が亡くなるという数字は、相当体力がないか相当運が悪いか、そういう数字だと考えるからです。100人に1人だったら私も悩みます。そういう800人を助けるために残る999.9万人が大きな痛手を受けるというのはどうでしょうか。

ちなみに交通事故による負傷者数は46万人、死亡者数は3200人のようです。車の数を半減させれば死亡者数は必ず減りますが、そういう議論になった試しがないのは負傷者数・死亡者数だけでは計れない様々なことがあるからでしょう。

人間は何のために生きるのか、と考えると答えがある程度見えるような気がします。死なないために生きているのではなくて、幸せに過ごすために生きている、と考えたいです。

広島の赤牛から匿名への返信 at 2020年06月02日 08:40 | 返信

私も参加させてください。
反論とか異論があるのではないですが、ここで交わされている深遠なテーマに共鳴?しました。
コロナでこころが揺さぶられ乱される毎日、非日常の日々を理解したくてネット検索が飛躍的に増えているこの数ヶ月。長尾先生のブログを筆頭に、連日たくさんのネット記事を読んでいます。そのなかにいくつか心に残っている記事がありますが、それが、ここで話されているテーマに通底しているような気がして、ご紹介したくなりました。

長尾先生と同じく、高齢者医療にかかわっておられるドクターからの、4月中旬の発信です。
以下に最後の部分を抜粋します。関心を持たれた方はリンクより全文をぜひごどうぞ。
「命を守る」の殺し文句がこれほど効果を持つとは。。。  
(略) もう一度言う。 「人は必ず死ぬ」。死はいつも身近にあるのだ。
新型コロナ肺炎だけでなく、インフルエンザでも、普通の肺炎でも、ガンでも心筋梗塞でも交通事故でも…人は死ぬのだ。世界に目を向ければ、3大感染症(結核・マラリア・HIV)で一日7千人もの人が亡くなっているのだ。

自動車の製造を止めれば、交通事故で死ぬ年間100万人の命を救えたはずだ。でも僕らは歴史上決してその選択肢をとらなかった。意識するかしないかに関わらず、我々はリスクと共存し、それを許容して生きてきたのだ。それなのに今、コロナによる恐怖と医療従事者による「ゼロリスク」の先導は世界中の経済を止め、生活を破壊し、人々は自らカゴの中に入ろうとしている。そして巨大な権力は近い未来、医療が持つ壮大な力を巧みに利用するだろう(もしかしたら今がその時かもしれない)。得るものに比べて失うものが大きすぎはしないだろうか。バランスが圧倒的に悪過ぎはしないだろうか。その時になって我々は、「あ~、あのコロナパニックが始まりだったんだ」と気づくのかもしれない。そんな未来を子供達に残してしまうのか…しかも自分たちがその片棒を担いでいるのか…。漠然とそんなことを思っていた時に聞いたのが、「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」と言う言葉だったのである。
人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?/コロナパニックについて考える
https://www.mnhrl.com/corona-jail-2020-4-14/

Posted by みるく at 2020年06月02日 03:38 | 返信

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