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JR福知山線脱線事故から19年 最後の生存者は今
2024年04月27日(土)
JR福知山線脱線事故から19年だ。
最後の生存者は僕の幼馴染の息子。
彼は今、どうしているのか。
発生から22時間後救出、両脚を切断した大学生
"最後の生存者"の19年「生かされた命だからこそ」
JR福知山線脱線事故(読売テレビ) - Yahoo!ニュース →こちら
事故当日は、僕が尼崎市内科医会会長に就任した日
でもあったので、生涯忘れられない日となった。
翌朝、ライブ映像で最後の生存者の救出の様子を観た。
「まだ生きていた人がいるんだ・・・」
5月5日、僕はある患者さんを関西労災病院に見舞いに行った。
休日のロビーを歩いているとあるオッサンから声をかけられた。
「おまえ、長尾ちやうの?」
「そやけど、お前は何してんの?」
「息子があの事故にあって・・」
「まだ生きているけど・・・
本人は足を切断したこと、まだ知らなくて・・・」
「・・・」
慌てて病室に行けば彼が寝ていた。
少し話をした。
その3年後くらいも少し話をした。
でも19年後の現在、このように活躍していることを
ネットニュースで知り、とってもとっても嬉しかった。
林くんから頂いた教訓は
「諦めたらあかん」
そういえば、ワクチンの真実もようやく明らかになってきた。
林君のように前を向いて生きたい。
詳しくは、Xのスペースで今から話します。
30分程度なので聴いてください。
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この記事へのコメント
福知山線の事故の数年前の話ですけど、阪急電車の梅田駅の改札口の前で10名ほどの新入社員さんを並べて「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と言わしていました。私はついその新入社員さんの責任者と思われる年上の50歳くらいの人に「このような挨拶はやめて欲しいです。運輸事業は、人の生命に関係する大切なお仕事だと思います。安全運転さえして頂けたら、それで十分です」と申し上げました。ふとその責任者の男性の顔を見ると目を真っ赤にして泣いていらっしゃったので「ああごめんなさい、偉そうに申し上げてしまいました」と謝りました、それで急いでその場を立ち去りました。その後、阪急電車では変な新入社員のあいさつは行われませんでした。JRの事故が起こってしまって、色々考えると、何故電車の運転士さんも電鉄会社の運営会議に参加できないのかと不思議に思えました。JRの幹部と言うと、必ず東京大学経済学部卒とか工学部卒とか、実際に車両を運転する人の考えは、まったく反映されません。昔、アメリカのホームドラマで「パパ大好き」と言う映画でフレッドマクマレイと言う俳優だったかがお父さん役で、3人の息子がいるのですけどお父さんは飛行機の設計技師で、なおかつ航空会社の重役なんです。設計技師でも重役会議に参加できるのだと思いました。パイロットも参加できるのではないか、それは分かりませんけれどアメリカでは現場の労働者も会議に参加して意見を言えるとその当時は言われていました。今現在はしりませんけれど。韓国は会社の重役は偉い人で現場の労働者は会議には参加できないし、重役は現場に降りても来ない。それが韓国の工業の劣っている原因なのだと呉孫華さんと言う女性が本に書いていました。日本も韓国と似ているなあと思います。長尾クリニックは全員で会議の参加していらっしゃったように思います。院長が現場で働いていて、全員会議に参加しているのではと思います。クリニックで働いたことはないので、わかりませんけれど。
Posted by にゃんにゃん at 2024年04月27日 07:40 | 返信
福知山線列車事故でも福島原発爆発事故でも、歴代社長の刑事上の責任は問われずすべて「無罪」。
列車事故では運転手のみが刑事上の責任を問われ、暴走せざるを得ない状況に追いこんでいた法人(経営者)は刑事上の責任を問われない。「業務上過失致死罪」は法人を除外しているからである。
政府の「ワクチン殺人」を問うにも、「法人罰(組織罰)」概念の導入が必須である。ただし「過失罪」には死刑規定はなべてゼロ。国際刑事裁判所の「自国民大量虐殺罪」刑罰規定にも最高刑は「終身」どまり。「私刑、死刑」とわめく人は現状では「テロ教唆」扇動者にすぎない。
Posted by 匿名でごめん at 2024年04月27日 10:55 | 返信
福知山線列車事故でも福島原発爆発事故でも、歴代社長の刑事上の責任は問われずすべて「無罪」。
列車事故では運転手のみが刑事上の責任を問われ、暴走せざるを得ない状況に追いこんでいた法人(経営者)は刑事上の責任を問われない。「業務上過失致死罪」は法人を除外しているからである。
政府の「ワクチン殺人」を問うにも、「法人罰(組織罰)」概念の導入が必須である。ただし「過失罪」には死刑規定はなべてゼロ。国際刑事裁判所の「自国民大量虐殺罪」刑罰規定にも最高刑は「終身」どまり。「私刑、死刑」とわめく人は現状では「テロ教唆」扇動者にすぎない。
Posted by 匿名でごめん at 2024年04月27日 10:57 | 返信
こんにちは。
福知山線脱線事故、衝撃的な映像が脳裏に焼き付いて離れません。
なので、感覚的には、そう遠く無い過去ですが、もうそんなに年月が経過したのですね。
不自由な身体で精一杯生きている青年や亡くなった人達を想えば、日々神に感謝して生きなければと思います。
運転手は、4人兄弟で、東大卒の恵まれた経営者陣とは、違い、大学に入る程の経済的余裕が無い為、高卒です。
国鉄民営化で、労働組合の力が失われる中で、余裕の無いダイヤ設定、列車の高速化、厳しい線路配置、「日勤教育」という名の懲罰的研修でミスを責め立て、過度の時間厳守という圧力がかかっていました。
僅か運転歴1年以内の23歳の運転手を萎縮させ、70キロの所を46キロオーバーで走行し、事故へと導いたと言えなくもありません。
山本庸幸(つねゆき)最高裁裁判官は、前社長らを無罪としましたが、経営陣らは、責任から逃れたわけではないと思います。
残念に想うのは、公判では、運転手が何故、大幅な速度超過をしたのかという本質的な原因に迫る事が無かった事でした。
Posted by 三毛猫 at 2024年04月28日 11:41 | 返信
かずくん、おはようございます。
私は電車自体に親しみが余り無いので、この事故はニュースで知った時のインパクトは強かったのですけれど、怖さは実感出来て無いかな…と思います。速度とか特に。
何でも予定通り行けば良いけれど、予定通りいかない事も多くて、人によっては個人差が大きくて、予定通り上手く行き過ぎた場合は「謝ると死ぬ病気」とか「不老不死の執着」とかも出て来るから、神様って上手く人間を送り出してるなあ…なんて思ったりもします。
「障害」が嫌なのは、何よりも人の何倍もの努力が伴ってしまって、「ひとりだけ」努力とかはやっぱり嫌だなあ…寂しいな、と思う。でも案外、ひとりでもジタバタした事って結構後々意外な所で実ったりするので、複雑な気持ちになります。
努力は実る、というのが障害においても感じる所だけど、そこに至るまでの辛さとか地道さとか長さとか暗さ(笑)とか、あまり思い出したく無いことばかりですね。。
ただ本当に痛い思いをして歩いた道を、後から続く人にもっと楽に歩ける様に教える事は出来るのかなあ…。。
余り大した事は言えないのですけれど、記事はしっかりと読みました。
「存在」ってとても大きな力で、重力を超えた所に星の様に揺るがない様に感じる。
そうやって一度放り出されても、同じ痛みを知る人達が、ゆっくりとした力強さで、また引き寄せて寄り添えあえます様に、願ってやみません。
地元では念願の雨が続いて、ほっとしています(笑)
まだ海に浮かぶには先かな〜。
今日も、応援しています。
Posted by 白夢 at 2024年05月01日 10:34 | 返信
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