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スズキ元会長・鈴木修さんを偲ぶ
2025年01月24日(金)
スズキの元会長の鈴木修さんが亡くなられた。
僕は高校卒業後、しばらくダイハツで自動車
を作っていたので、車造りで親しみを感じる。
スズキ元会長・鈴木修さん
日本の自動車メーカーで初、心の通い合い強調しインド参入
日産とホンダの経営統合協議どう思ったか
夕刊フジ 長尾和宏 →こちら
昨年末の日産とホンダの経営統合の報道には驚きました。国内シェア2位と3位の自動車メーカーが統合すると、世界第3位の巨大グループが誕生するとのことですが、高揚感はなく、日本のメーカー、大丈夫? としか思えなかったのは僕だけでしょうか。
この人なら、どんな感想を言ったでしょう。スズキ自動車のカリスマ経営者として名を馳せた鈴木修氏が、12月25日、浜松市内の病院で死去されました。享年94。死因は悪性リンパ腫との発表です。
悪性リンパ腫は、日本人において一番多い血液のがんです。白血球の一つである、リンパ球ががん化し増殖することで起こります。病型としては100種以上あり、進行が早いタイプからゆっくり進むものまで様々です。 初期症状としては、首や腋の下や足の付け根などにしこりや腫れが現れます。
多くは痛みを伴いません。インフルエンザなどで免疫力が弱ったときも、リンパ節が一時的に腫れることがありますが、悪性リンパ腫の場合は、何日経ってもしこりは消えません。痛みがないから問題ないだろうで放っておくのは禁物。「B症状」と呼ばれる発熱、大量の寝汗、体重減少などの症状が出ることもあります。 悪性リンパ腫か否かは病理検査、血液検査などで判明します。
原因は未だ解明されていません。タイプによって治療法も異なりますが、化学療法(抗がん剤)、放射線療法、造血幹細胞移植を組み合わせて行うことがほとんどです。 年齢や状態によっては経過観察の場合もあります。鈴木さんの闘病の経過は明らかにされていませんが、年齢を鑑みると積極的な治療はされず、穏やかに天寿を全うした可能性が高いでしょう。
今回原稿を書くにあたり、2009年に出版された鈴木氏のベストセラー『俺は、中小企業のおやじ』を再読しました。スズキ経営哲学は、今読んでもまったく色褪せていませんでした。」
1980年代、日本の自動車メーカーとして初めてインドに参入したときのエピソードも素晴らしい。 日本の大手企業の多くは、それまでインドという国を下に見ておりビジネスの相手として考えていなかったのです。
「ジャパンアズナンバーワン」というアメリカ人が考えた惹句に躍らされ、傲慢になった結果、我が国の国力は衰退したように思います。鈴木さんの死は、先の経営統合の報道から2日後の出来事でした。
1983年にインドとの基本契約を締結した際、鈴木さんは、「ハート・ツー・ハート」という言葉を述べました。
「人間は皆同じ。言語、風俗、習慣、環境が違っても、心と心が通い合うことが重要だ」。この言葉を噛みしめて新年を謙虚に生きていきたいと思います。
ーーーーーーーーーーー
長尾クリニックでは、在宅医療にスズキの自動車を
数台購入して、本当に患者さんのための役に立った。
強くて温かい人でした。
。
PS)
NHKスペシャル「べとナム戦争」(マクラマラの誤謬)、
観ました?
ボデイカウントに、
キルレシオ1:10
衝撃でした。
アメリカの脱走兵35万人 VS ボデイカウント
狂った作戦。
でも、ベトナムは総力戦で勝った。
米国民もメデイアを通じて、誤りを自覚し始めた。
負けを認めた。
ベトナム人の死亡者300万人 対 アメリカ兵死傷者6万人。
でも、べトナムが勝った!
ベトナム戦争を、今、日本人は学びなおす必要がある。
日本は負けたけど、ベトナムは勝った!
すごいね。
すごい検証映像。
現在も同じことが繰り返されている。
日本はベトナムにもっともっと学ぶべきた。
11月にベトナムに行ったけど、また行きたい。

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この記事へのコメント
NHk映像の世紀「ベテナム戦争」。
SNSでは太刀打ちできない、「映像の迫力」!
Posted by 匿名 at 2025年01月24日 12:58 | 返信
この問題、いろいろあると思いますが。
上から何かあったのでしょう。
ホンダが矢面にたった…かと。トヨタはもうとらないからね。
日産が海外にとられるくらいなら…と。
しかたがなかった。
でもね、こちらEVをめざしてる。バイクでは有名なのに。
車ではうれるものがへった…
これがよかったか、これからどうなるかはわからないが。
この方がどうみるかは私にはわからないし
トヨタの亡くなられた最初の方もどうみているか…
Posted by よっちゃん at 2025年01月24日 07:33 | 返信
独身の時、通勤用に初めて買った車はスズキのセルボという中古の軽自動車。20万円でした。これで甲子園から宝塚まで通いました。鳥取に引っ越してから買い替えた2台目も同じ値段でアルト。オートマで乗りやすかったです。
結婚してから夫が免許を取り、サモア島で2年半、スズキのサムライという中古の小型ジープに乗っていました。出国する時二千ドルで売れました。
ネパールでは車が高くなかなか手が出ませんでしたが、ダイハツのテリオスという車の中古を買いました。7年くらい経った頃、夫がどうしても新車が欲しいというのでスズキのSUVをローンで買いました。インド製で、居住国で今1番売れてるモデルらしいですがローンの支払いがしんどいです。
こうして振り返るとうちはスズキさんにはとてもお世話になっていますね。
先生の夕刊フジの連載、臨終図巻が今月で終わるのが寂しいです。
Posted by Yoko Oda Thapa at 2025年01月24日 11:36 | 返信
先生は高校卒業から医大にいったのではないのですか?
高校卒業して自動車を作っていた・・・少しその辺詳しく知りたい気持ちになりました。
Posted by びっくり! at 2025年01月24日 02:38 | 返信
和宏先生へ。
是非とも機会がありましたら、ベトナム行って来てください。
そして色々とまた、オフィシャルサイトでお話しを教えてください。
うちの夫はホンダで車造りをしていました。
若きそのホンダ時代の話はよくしてくれましたし、真っ茶色に変色した色紙が今もあります。
このブログで、すごく遅ばせながら日産とホンダのお話しを知ったくらい。
私のニュースの媒体は、新聞とネットと、このブログです(笑)。
色々宜しくお願い申し上げます。
Posted by あん at 2025年01月24日 08:26 | 返信
かずくん、こんにちは。
地元では寒いなあ…と感じる日々が続きますが、かずくんの所はいかがでしょうか。
先日は「明日冷え込むってよ!最低気温は9度だってよ!」という9度騒ぎを複数の人から数回耳にしたので、どこかで聞いたなあ…と思ったら、かずくんのタイでの冷え込んだ温度と同じでした。
あったかい地方では、10度以下は話題になるのかな。。
私の車もスズキなので、スズキの歴史は興味を持って調べてみました。
スズキを選んだ理由はすごい単純で、車に興味の無い自分が値段や効率だけで選ぶと、絶対に大切に出来ないのが見えているので、自分が好きな可愛い(大切に出来そうな)デザインだけで本当に決定。
その楽しんで選ぶ視点で観たら、スズキしか欲しい車がありませんでした。
まあ…あまり大切に出来ている自信は無いけれど、今は軽自動車の方が値段が高かったりカスタマイズしやすい遊び心があったり、結構な時間を車で過ごすのでスズキは大好きです。
それを言ったら、日産も昔は本当に綺麗なデザインもあったし、トヨタも海外でも人気が高かったのですが、こうやって見るとメーカーごとに車作りは経営の個性が滲み出ていますね。
地元は車社会で曲がりくねった細い筋道が多く、軽自動車の方が使いやすいのですけれど、そういうニーズを把握して日常生活の中で活躍させる車作りっていうのは、結構人々の暮らしをよく知らないとできないことかも知れません。
「ハート・ツー・ハート」というすごく温かい言葉は、何だかとても私のシックピンク色の車にそのまま繋がって、納得です。
とても可愛らしく感じるけれど(笑)
それも日本のもの作りの精神性の現れなのかもしれません。
これからも、日常が明るく豊かになる様な車が生まれますように。
大往生に近いと思いますが、ご冥福をお祈りします。
たまにはこんな話題でホッとするのですが、この掲載もあとわずかなので複雑な思いです。
今日は久しぶりに部屋で過ごして、夕方からは演劇を観に行きます♪
(珍しいのです)
今日も、応援しています。
Posted by 白夢 at 2025年01月29日 02:10 | 返信
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