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安楽死も尊厳死も土台はリビングウイル

2019年06月17日(月)

NHKの安楽死報道は、市民には評判が良い。
「よくぞ放映してくれた」という声が大半。
それを受けて、言っておきたいことがある。
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いろんな感想があるようだ。

・素晴らしい企画
・彼女を支持する
・私もそうしたい
・安楽死に賛成だ
・日本はなぜダメ?・・・


そんな意見ばかりがあふれる日本人に呆れるばかり。

なかには
・人が死ぬのを初めて見た
・あんなにすぐに死ねるんだ
のような、無邪気すぎる意見も混じっている。

なかには、良く分からないものもある。
・安楽死には賛成だが、尊厳死は反対だ。(意味不明)
・感動した、NHKは素晴らしい。(ハア?)


少なくとも、賛成や反対とかではなく「本人の意思を尊重」とか
「生きることM死ぬことを考える契機」という視点で観て欲しい。


宮下洋一さんもそう語っている。→こちら

私はこの報道への違和感を書いた。→こちら


私が一番言いたいことは、「本人の意思(リビングウイル)」である。
それが尊重されたからこそ彼女は安楽死を遂げたという基本的認識だ。

しかし「リビングウイル」に言及した人は、皆無だ。
おそらく私だけ。たった一人だけ、なのか。

もちろんNHKも全く触れていない。
内閣府が「患者がリビングウイルを表明するのは良くない」と公式に言っているからだ。

すなわち、完全なダブルスタンダードであることに気が付いている人が
誰ひとりいないことが寂しいというか、情けないことだ、と真剣に憂う。


私はこの10年間を「リビングウイルの啓発」にエネルギーを注いできた。
それにより、ボコボコに攻撃され、悪者にされ、殺人者、と呼ばれてきた。


しかし今も頑張っている。
毎日、啓発を続けている。



国は、リビングウイルを捨て去り、ACP(人生会議)に乗り換えた。
コトの本質に気が付いている人も、ほとんど居ないか、皆無に近い。


「リビングウイル抜きの人生会議」ほど恐ろしいものは、ない。
まさに、「医者が診療ガイドラインで人を殺せる」ことになる。

国はこれを目指しているのか?
だったら恐ろしすぎない?



NHKや国やこのブログを読んで頂いているみなさまに、伝えたいことがある。

「安楽死にそれほど憧れるのであれば、その土台であるリビングウイルに
 もう少し目を向けて頂きたい。リビングウイルについて一緒に考えて欲しい」

夢や願望を言うだけでなく、現実を見て行動して欲しい。



ps)
安楽死した女性の姉妹の一人は最後まで反対していた。
しかし安楽死は実行された。

一方、日本は、たいていは本人の希望と真反対の形になる。
それはリビングウイル法が無いので、家族に従わないと訴えられるから。

そんな国は世界中で日本だけ。

だからこそ、「日本尊厳死協会」→こちら








































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※本ブログは転載・引用を固くお断りいたします。

この記事へのコメント

あの番組に同調できる視聴者は、現在は不自由なく動いている人でしょう。
「姨捨伝説」の現在的番組です。
医師次第では、ACPは、患者本人の意思を周りが形成していくものとなるでしょう。
意思を共有するそうですから。

Posted by 一読者 at 2019年06月18日 05:01 | 返信

本人の意志よりも家族の気持ちや思いが優先されるとか怖いです。
私は、仮にALSになったとしたら閉じ込め症候群は死よりも何倍も怖いですが、「自発呼吸できなくなったら、そこで終わり、緩和だけして後はそれでよい」という明確なリビングウィルを残したとしても家族が「どんな形でもお父さんには生きていてほしい」とか言ったら呼吸器ついちゃうわけですよね。あるいは、ろくに緩和してもらえず呼吸困難の苦しみの中「呼吸器つけると楽になれるよ」とか言われちゃうこともあるわけで。こういう誘導尋問されたら、うなずいちゃいますね。そして呼吸器がついちゃうと。
そして死ぬに死ねず私にとっては死よりも恐ろしい閉じ込め状態になるわけです。想像しただけで恐ろしいです。
なお、NHKの番組の彼女は、自分で動けないという状況が嫌で嫌でたまらないだけで他人のことは関係ないのに、「鎧をぬいで皆に迷惑かけてもいいから生きて(こんな感じ)」の説得のことばが出てくるのもホラーでした。迷惑云々じゃなくて自分が嫌なだけなのに。最後はお姉さんに理解してもらってよかったです。見ていてほっとしましたが、仮に周りが納得しなかった場合、彼女はスイスに行けないわけで(状況見る限り一人ではいけませんよね)。
自分の人生なのに他者との関係を常に持ち出される、日本はなんと恐ろしい国だと思いました。そりゃおちおち日本では死ねませんよ。スイスに行きたくなるでしょう。

Posted by 匿名 at 2019年06月18日 08:59 | 返信

死ぬことは生きることだと考えています。
いま生きているからこそ死ぬことができるからです。
自分がどう死ぬかというのはどう生きるのかを自分で決めることではないでしょうか。
私達ソーシャルワーカーがやるべきことは、病気で苦しいときの本人の希望を叶えることではなくて、本来のその人の生き方や考え方を尊重して支援することだと思います。
福祉では国も自立支援だとか本人意思の尊重とか自己決定とかとにかく「本人」重視しています。
障害があってもその人らしく!をかかげています。
なのにリビングウィルには後ろ向きというのが理解できません。

Posted by 尼崎の社会福祉士 at 2019年06月19日 06:35 | 返信

リビングウィルは自分で意思決定ができなくなった時のためのもので、あの女性は自分で意思表示ができるうちに、という意味もあって結論を急いでいたのではないでしょうか。つまり、たとえリビングウィルを作っていたとしても、それを尊重される保障がないからなのでしょう。お姉さんたちは、彼女がまた自殺を試みるのではないか、という不安があったと話されていましたが、安楽死は自殺ほう助です。目の前で手首を切ったり致死量の睡眠薬を飲んだりされたらきっと救急車を呼ぶのでしょうが、「安楽死」という名の下で致死薬の点滴のクレンメを開けるのは受容されたのですね。

Posted by 匿名 at 2019年06月19日 10:29 | 返信

こちらで紹介させて頂くのは失礼かと存じましたが、どうか御許しください。
「『どうせ死ぬなら臓器提供してから』世界で進む安楽死議論の怖さ」
https://diamond.jp/articles/-/198502
インフォームド・コンセントすら御座なりな現状で、「自己決定権」「尊厳」という、絵に描いた餅のような理想からは程遠い力学が顕在化しつつあると存じます。
多系統萎縮症であった私の連れが直面したのは、本人の意志を力ずくで砕き、「主治医の方針に従えないのなら即刻退院せよ」との罵倒でした。連れは気丈な人間でしたが、私どもは心身ともに憔悴しました。そもそも患者の人権が守られていない現実があるのです。

Posted by かわせみ at 2019年06月22日 08:08 | 返信

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